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一緒に働きたい同僚

今回は思いつきで、どういう人と働きたいかについて自分の考えをまとめてみました。

多くの人が20歳あたりから働き始めて、今では定年が75歳案が出ているので75歳まで働くでしょう。日本の平均寿命が83歳なので、

人生の6割は仕事という概念で寿命という時間の予約が入っていることになる。

つまり仕事で妥協することは人生の半分以上で妥協することと等しいのです。

そもそも仕事はその他と区別できるものかどうかが気になりますが、これは人によって違ってくると思います。今回で言う「仕事」とは会社という組織に所属して働くことに限って話しています。ほぼ個人であある会社や、一部の会社を除けば仕事における自由が制限されています。

その一方で制限された中では(会社によるかもしれないが)自由が認められています。その自由の中で何をするかに影響を及ぼすのが"同僚"の存在です。

どんな同僚が一緒にいるかどうかはとても自分に関わってきます。能力が高いとか、頭がいいとか、イケてるとかは後からでもどうにかなる(かもしれない)ので優先度は低いです。何より気になるのは、どういう意識を持っているかです。

よく意識が高い、低いで区別されるのをビジネスの世界では耳にしませんか。私は意識は高い低いの2通りで分けるのはあまり好きではありません。意識もまた種類によって分けるべきで、人ぞれぞれ同じ部分もあれば異なる部分もあるものです。

そうやって意識を種類で分けて行った時に、同じ部分があるかないかがとても重要になってきます。全く重なる箇所がないと、一緒に何かをする気が無くなります。よく会社で食事に同僚と行くのが嫌な人と、積極的な人がいるでしょう。あれはまさにそういう意識においては完全に重なりがゼロということです。

意識の重なりがないことが悪いわけではありません。個人プレーではむしろそっちの方が良い関係を築けるかもしれません。その一方で途上中の弊社のような組織では、その重なりがあった方がいいのは目に見えています。

以上のように、私が思う理想の同僚とは意識の種類に重なりが存在する人のことです。とてもシンプルだと思っています。そしてその意識の種類は組織によってまた違ってくるので、自分にあった会社選びとはそういうことも考えて見るとより後悔のない人生になるのではないでしょうか。