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人生をおしゃれに、人生は繋がる

侍エンジニア塾に入る前

前職では大手人材系のベンチャー(株式会社ベネフィット・ワン)で法人営業・Webマーケティングをやっていました。転機として、入社して2年目(19歳)に社内のプレゼン大会で最優秀賞をいただくことができ、異例のコールセンター社員から営業職(総合職)へ移動することになりました。

地元愛媛から出ること、一人暮らしも初めてでしたが20歳になる年に上京し、新しいビジネスライフがスタートしました。福利厚生サービスを販売していたので、業界問わず法人営業経験ができるた部分は本当に今でも良き経験です。しかし、当時私は生産性も悪く、1時帰り4時起きの生活を続けた社畜社員でした。確かに会社の変革期だった事もあり、度重なる移動や業務フローの変更など、とにかく業務に追いやられていた言い訳もあります(笑)。死ぬ程提案書を作り、一日100件訪問営業しましたし、既存法人顧客は300社強を自分一人で担当していました。別に会社は恨んでないです。全部自分のせいです。

そんなある日、社内でマーケティング部門を立ち上げることになり、そこから自身の働き方の大改善が始まります。ミッションは「営業マンがいらない世界」を作るでした。 どうしたら、営業マンが不要な世界を作れるのか、部門の立ち上げ、Webマーケの知識、営業することの考え方を凄いスピードで学習してきました。その中でMA施策やWebディレクション・営業販促ツールのディレクション、リアルイベントからWeb集客施策まで、とにかくなんでもやっていました。生産性を考え出したのもこの時期かな。マーケを初めて半年後には一番に会社を退社するのが定番化していました。

複業のスタート、気づく生産性の本質

勤務時間が減り、次第に「暇だなって」気づく。元々趣味で初めていたカメラを、カメラマンとして仕事受けるようになります。平日は18時まで会社 19時から撮影。土日は基本撮影か編集。初めのうちは会社の業務コントロールが上手く行かず大変な事もありましたが、「絶対残業しない、仕事の効率化」をとにかく考え、気づいたら難なく複業ビジネスライフもこなせてました。不思議なんですけど、1つ副業ができるようになると『3つでも4つでも出来るわ!』って思い始めるんですよね。そこで、個人事業主としてSNSのコンサルも始めたり、Instagramのバズ動画作ったり、とにかく自分の出来る事に制限かけずやりました。副業って上手く行くと、本業に還元できるし、良い事尽くしです。自分的に生産性に響いたのは「俺、副業やってる感の優越感」と「「モチベーション」ですね。結局格好つけれると単純なので、生産性高くなったんです。綺麗な言葉ではないけど、格好いい働き方目指したら、「短い時間で成果出す」なんですよね。自分的に。

現在

元々、入社する1年前ほどから、侍エンジニア塾も採用写真やコーポレート写真でお手伝いしていて、徐々に、侍ビジョンに染められてしまった感じですね。あと、自分の自己成長に「絶対繋がるって確信したから」かな。

今、侍では『専属カメラマン兼マンツーマン事業部のコンサル兼デザインディレクション兼その他イベント運営』など、『所属部署って考え方』自体が侍にはないんですよね。自分が持っているスキル・貢献したいことを最優先にしてくれる点はほんと「素敵」です(笑) あと、正直今の時代、会社規模ってほんとビジネススキルって関係ないなって思いました。大手企業だから凄いビジネススキルが高い社員がいる訳でもないし、自分が「大企業病」だったんだなって思いました(笑)

さてさて、侍エンジニア塾のコンサル業務を初めてからなんですが、『本当プログラミング教育って面白い!』だって本当にIT人材不足だし、学ぶと人生変わるし、今のビジネススキルとして必須と言っても良いのではないか。自分では確信してます。あと侍の社員教育の徹底さには恐れいった。もちろん今時、研修は普通だけど、内容の質と量が違う。ティール組織を目指しているからこそ社員一人一人の視線が違うし、成長を肌で感じられる点は感動の一言である。『人生を変える体験』を提供する為、日々メンバーと奮闘中である。

今後どういうことをしていきたいか

時間と場所とお金の自由を手に入れる人材!パラレルワーカーと言えば「白石くん」ってなりたいんですよね。ざっくりがいい。どうせ本気でやれば理由なんて後からいくらでも付け足せるから。

以上!

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