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【コラム】スタッフ キャリアストーリー#2

今から考えてみると私は学生時代、自分のキャリアプランや将来像などについて、恐ろしいほど何も考えていませんでした。
勉強が嫌いだった私は、頂いていた大学の指定校推薦枠をスルーして「ゲームソフトを作りたい」とコンピュータ系の専門学校に入ったものの、
当時は3Dゲームの黎明・隆盛期で求められるスキルレベルが総じて高く、複雑なポリゴンの光源や座標計算等に全くついて行けず早々に挫折。
学校が就職活動をやれとうるさいので何となく雰囲気の良さそうな会社を受けてみたら、一発で内定が出てこれ幸いと、そのままゲームとは無関係の中小ソフトハウスに就職しました。

入社当時BtoB向けウェブシステムの開発と言えば、Javaと肩を並べる存在としてASPがあり、会社判断もあって私はASPを覚える事になりました。
(このおかげで後々、オブジェクト指向言語の考え方をなかなか理解する事ができず、.NET Frameworkに移行する際にかなり苦労する事になりました…)
SESとして参入したとある案件では、本番リリース後に不具合が大量発生して大炎上し、自身の最高記録となる月360時間勤務&58時間連続勤務を経験するなど、
激務がたたって入社2年目にして早くも胃炎を患ったりしましたが、当時社内の人間関係は比較的良好で、よく先輩と飲みに行ったり社内クラブ活動の草野球を楽しんだりしていました。

ただ正直なところ、当時の収入面では慎まやかな生活を送るのすら一苦労というほどのレベルで(残業代ももちろん払われず)、賞与などの評価制度にも疑問を感じて退職を検討していたころ、
既に退職していた先輩社員が揃って新しい会社を立ち上げるタイミングと偶然重なってお誘いを頂いた事もあり、個人事業主として私もその新しい会社と契約する事となりました。

個人事業主となった事で単月の収入は飛躍的に上がりましたが、有限会社として立ち上げられたその会社の立ち位置は、SESという業界構造の中ではやはり厳しいものでした。
現場に面接に行く際も自社の営業は同行せず、紹介された営業担当者が途中で何度も変わる事は日常茶飯事でした。自社の名前を現場で口にした記憶は一度もありません。
案件はいわゆるタコ部屋に長机とパイプ椅子が敷き詰められたような環境で延々とテストを繰り返すものや、炎上案件で急増員しすぎのあまり机を置くスペースすらなく、
机と机の狭間にノートPCと椅子を置いて作業したこともあり、そのうち現場面接の時点で危険を察知した時には、やる気のない受け答えをしてわざと落とされたりしていました(笑)。
おかげで当時の社長に呼び出しを食らって面接のレクチャーをされたりとか、今にして思えばどうしようもない思い出です。

そして30歳近くなったころ、初めて自分自身のキャリアを振り返って将来を考えてみたとき、このままでは製造とテストしかできない下流PGで終わってしまう危機感を感じました。
個人事業主も人間関係のしがらみがなく気楽な半面、どこか物足りなく感じる事もあり、少し煩わしいとも思っていた「会社員という立場での人間関係の構築」が恋しくなる時もありました。
もう少し上流工程が出来る環境でリーダやマネージャとしての経験を積み、自身の価値を高めたいと考えて再び別のソフトハウスに正社員として転職しました。

新しい会社では2~3名という小規模な形態が多かったものの、リーダやマネジメント的立ち位置を任せてもらえる事も増えました。
はじめの頃は自社のプロパーをなんとか増員させようとして少々盛りすぎた見積をベンダに出して喧嘩になり、開発フェーズを待たずに契約を切られてしまったりとか、
参入前はボロ儲けでウハウハだと言われていた請負案件で大赤字を叩き出し、納品時にせめて打ち上げをしたいと上司に言ったら苦笑いされたたけで終わったりと失敗する事の連続でしたが、
次第に現場や顧客からの信頼も得られるようになり、何かと評価が分かりにくいこの業界の中でも、営業的な数字も含め目に見えて結果が出るようになってきました。
そして顧客先だけでなく自社内で立ち位置や役職を上げようと考えたとき、まだ歴史のない若い会社に立ち上げの段階から関わる事が出来れば要職に就きやすいんじゃないか?などと、
ややもすると姑息な事を考えるようになり(笑)、リーマンショックによる不景気で会社の方針が「単独SES許容」に変わってしまった事もあって再び、よりベンチャーに近い会社に転職しました。

直近であるその会社では有難い事に、常に高い評価を頂くことができ要職にも就くことはできたのですが、あまりのハードワークが祟って体を壊してしまいました。
体の復調とリフレッシュを兼ねた退職後の8か月ほどの長い休みの中で、おそらく最後になるであろう転職と自分自身の将来について今一度真剣に考えてみました。
そして今まで、長くSESという仕組みの中でシステム開発業務に携わってきた中で、常々考えてきた自分自身のあらゆる想いを整理してみました。

自分の好きな事を仕事にしたい。
エンドユーザに近く、誰がどのようにどんなリアクションで使っているのかが見えるシステムを作りたい。
案件の切れ目で知識が振り出しに戻る繰り返しから抜け出し、一つの業種やサービスを深く追求してみたい。
技術者やエンジニア同志という閉じた世界だけではなく、幅広い世界の様々なプロフェッショナルと共に仕事をしてみたい。

そんな中で、生まれて初めて登録した転職エージェントから紹介されたその会社…ベンチャーリパブリックは、まさに全ての要素を兼ね備えていて、頂いた資料がキラキラして見えました(笑)。

現在会社の自身の机には、自社のマスコットであるタビーノの人形と、LINE社で会議をした時に頂ける「ムーン、ブラウン、コニー」の挿絵が描かれたペットボトルを飾っています。
もちろん見た目もかわいいんですが、果たしていま何をやっているのか見失いそうだった若い頃を思うと、自分が今この仕事をやっているんだと思って、とても嬉しくなるんですよね。
この嬉しさを忘れることなく、今後も仕事をしたいと思っています。

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