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「マーケティングの視点が欠けていた」元お笑い芸人が今Reproで全力を尽くす理由

2017年6月に入社後、マーケティング一筋の井上裕司。かつてお笑い芸人として活動していた彼がなぜReproへ入社したのか。「迷ったら、面白そうな方を選ぶ。」業界外からの転職かつマーケティング経験ゼロだった井上が、オフラインマーケティングのリーダーとして活躍するに至るまでを語ります。

成り行きで立った舞台をきっかけにお笑いの世界へ

▲芸人時代の井上(写真中央)。「クローバー」というトリオで、吉本興業のダチョウ倶楽部を目指していた

中高一貫の男子校で、将来の見えないもんもんとした思いを胸に青春時代の大半を過ごしていた私は、テストは赤点だらけ、出席日数は常にギリギリという絵に描いたようなダメ生徒でした。

結果、大してやりたいことも見つかっていない状態で社会に出ることになります。親は、私立に通わせたのにふざけんなこのヤロー!という感じでしたね。

その後は、携帯電話の販売スタッフからはじまり、まだ珍しかった光回線によるインターネット接続サービスの案内スタッフなど、通信業界と深くかかわることになります。

通信技術の進化やスマートフォンの登場によって新たなサービスが生まれ、世の中がだんだんと変わっていくのを、いち早く感じていました。

そのほかには、夜の世界に飛び込んでバーテンダーなんかもやってみましたが、そこでは「下ネタと説教が好きで、やたらとテキーラを飲ませてくる元Jリーガーの社長」や「お酒のつくり方ではなく、ランニングマンというダンスの基本の動きしか教えてくれない先輩」など、お客さん含め個性的な人が多かったです(笑)。

そのときの同僚でお笑いの養成所に通っていた人から、あるとき声をかけられました。

「『M-1グランプリ』に出ようと思うんだけど、養成所で組んだ相方がいなくなっちゃってさ、よかったら一緒に出ない?」

突然の誘いに多少の驚きはあったものの、中学時代にはダウンタウンの書籍やコントビデオをひたすら見たり、深夜のラジオ番組「オールナイトニッポン」にハガキを投稿したりと、根っからのお笑い好きであった僕は快諾しました。

ネタのつくり方もよく分からず挑んだ初めての「M-1グランプリ」は、あえなく1回戦落ちという結果に終わりましたが、そこで得られた刺激は僕のお笑い魂に火をつけるきっかけとして十分でした。

舞台に立って、ネタを披露するーー

その感覚が、やりたいことが見つからなかった当時の僕にぴったりはまったんです。

すぐに資料を取り寄せてお金をため、翌年にNSC(吉本総合芸能学院)東京校 11期生として入学しました。

「やめるなら、今しかない」30歳からのサラリーマンとIT業界への転職

▲執務室内での井上。入社当初はSlackの使い方すら分からなかった。しかし今では自分の持ち味を生かすためのコミュニケーションツールとして活用している

芸人としての生活は、貧しいながらも充実していました。才能と野心にあふれた人間が集まる厳しい世界ではありましたが、今では誰もが知っているようなすごい人が周りにいるなかで勝負ができたのは、何物にもかえがたい財産です。

活動の拠点は劇場で行なわれるお笑いライブでしたが、たまにテレビに出演する機会に恵まれたり、本格的なお芝居に挑戦したり、地方営業に行ったりと、普通に生活していては味わえないような経験をすることもできました。

そんな生活がこれからも続くと思っていた矢先、30歳を迎えた瞬間に僕はふと立ち止まってしまいました。

好きなことをやれていて充実はしているが、いつ売れるかどうかも分からないこの生活をこのまま続けていいのだろうか。

「いつかは売れて、これまでの苦労が報われる」そう考えていた楽観的な自分は、いつの間にかいなくなっていました。

今ここで続けることを選ぶのであれば、売れるまで何年かかってもやり抜く覚悟がいる。

一方で、芸人以外のキャリアを考えるのであれば、決断するのは今しかないーー

芸人になろうと決めたときから10年というタイミングで、僕はほかの道を歩むことを決めました。

その後は、アルバイト先であった人材サービス会社に就職。営業マンとしての採用でしたが、これまでの経験を生かして、派遣スタッフの採用から研修、マネジメントを含むコーディネーターの業務もこなしていました。

基本的なビジネスマナーすら知らなかった僕が、30歳を過ぎてからようやく社会人としての一歩を踏み出した。売れない芸人時代からお世話になっていた恩を返せた。

実績も残すことができ、やりがいもありましたが、最終的には業界を去ることを決意しました。

その後は、とりあえずITリテラシーを高めなくてはという危機感から、職業訓練校のWebディレクター養成コースを受講しました。そして、Webサイトの分析を学ぶ授業のなかでWebマーケティングについて知る機会がありました。

これまで自分が経験してきたのは対面で相手の反応が見える1対1の営業でしたが、マーケティングはその手前。相手を想像しながらもっと広い層に対してアプローチしていくというところに、おもしろさを感じました。

どうやって多くの人に自分を知ってもらい、そのなかの誰をターゲットとしてネタを考え、どういう形にすれば面白さが伝わるのか。

思えば、芸人時代はマーケティングの視点が欠けていました。

マーケティングに挑戦してみたい。が、いざ求人を探してみるといずれも経験者向けの募集しかなく、転職エージェントの方にも30歳を過ぎて未経験では相当難しいと言われていました。

そんなときにたまたまReproのマーケター求人を見つけたんです。

「世界をめざすベンチャー」「少数精鋭のプロフェッショナル集団」「とにかく成長したい人」

そんなキーワードに引かれ、気づいたら応募してました。

人より遅れてビジネスマンとしてのキャリアを歩みはじめた僕にとって、「いかに短期間で成長できるか」はとても重要でした。Reproの採用ページを見たとき、自分を追い込むのに良い厳しさがあり、成長できるのではないかと期待したんです。

応募からほどなくして連絡があり、人事の畑中五月と、当時1人でマーケティングを担当していた伊藤直樹インタビュー記事)の2人と面談をしました。

今となっては何が決め手となったのかは不明ですが、面接の翌営業日に内定の連絡がきました。衝撃でしたよね。これがベンチャーのスピード感か、と。

そのとき実はほかにも選考が進んでいる企業がありました。しかし、そこでの職種はアカウントマネージャーという営業よりのポジション。

Reproではマーケターとしての一歩を踏み出せる。何より、スピード感がある。

「迷ったら、面白そうな方を選ぶ。」

そこは芸人のときから変わりません。

僕のReproでのマーケター人生がはじまりました。

プロフェッショナル集団のなかで徐々に自分のポジションを確立

▲芸人志望のインターン生(当時)と即席コンビを結成し、社員総会で漫才を披露した(写真左)。芸人時代の経験は確実に今に生きている

Reproに入社してすぐに感じたのは実力・成果主義ならではの「ピリピリ感」。

エンジニアだけでなくビジネスサイドの人までもがイヤホンをしながら集中してPCに向かっており、コミュニケーションのほとんどがSlack上、かつ業務に関することのみ。

分からないことだらけで質問したいのに、とにかく話しかけづらい。自己解決を求められ、フローが記載されたマニュアルを探すもなかなか見つからず、ようやく見つけて読んでも理解できない。

Excelのフィルター機能でさえも使ったことがなく、見かねたCEO平田祐介インタビュー記事)から教えてもらう始末。

とにかく自分のレベルの低さと、焦りからくるプレッシャーに押し潰されそうでした。

しかしこのまま臆して殻に閉じこもっていても、聞きたいことすら気軽に聞けず、本来の目的である成長ですらままならない。そう感じた僕は徐々に自分らしさを出していくことにしました。

Slack上でセールスチームへ共有する情報のなかに、さりげなく小ネタを盛り込みはじめたんです。すると、徐々に反応が返ってくるように。

その後、少し忙しくなってきたのもあり、ネタを盛り込まずにメッセージを送っていたら「最近、小ネタ入れるのサボっていません?」「ああいうの今までのReproになかったんで、もっとやってくださいよ」とリクエストまで来るように。

日々、業務に追われる人たちを和ませるポジション。ようやくReproでの居場所が見つけられた気がしました。

知識や経験がなかったぶん、すぐに仕事でバリューを発揮することは難しい。最低限のキャッチアップができるまでの自分の存在価値は“持ち前のキャラクター”、それしかなかったんです。

ただ、いつまでも仕事ができない状態では、存在価値は保てない。僕にとって「やるしかない」という状況はまさに入社前の自分が求めていたものであり、原動力となりました。

毎日クビになるかもしれないというプレッシャーと闘いながら働いていた僕も、入社3カ月目にしてようやく伊藤から「期待値以上の働きをしている」と認めてもらえるように。

入社した当初はイベントの準備や運営周りのタスクだけでしたが、その後は企画段階から任せてもらえるようになりました。

2018年11月現在、リーダーとしてチームを抱えているうえ、展示会出展なども含めたオフラインチャネル全体のマーケティング戦略から、効果を最大化するための施策立案や制作物のディレクションなど、業務の幅も広がっています。

また、企画段階から他チームのメンバーとディスカッションしながら進めることで、目的がより明確になり、イベント一つひとつのクオリティも上がってきていると感じています。

「イベントに強いRepro」から、マーケティングのノウハウを発信する

▲2018年9月に開催されたマーケティングカンファレンスに登壇した井上。芸人のときよりも大勢の人の前に立つことになった

Reproでは少人数向けのセミナーから100名を超える規模のミートアップコミュニティに至るまで、年間50回以上のイベントを開催しており、ここまで継続的かつコンスタントに集客できている企業はなかなかないと、他のベンダーや代理店の方から驚かれます。

今後、オフラインマーケティングのチームリーダーとしてやっていきたいこと。

それはこれまで培ってきたノウハウをどんどん社外にシェアして「マーケティングに強いRepro」をブランディングすることです。

そんなことを考えていたところ、なんと最先端の取り組みを推進する企業のキーパーソンが登壇するイベント「MarkeZine Day 2018 Autumn」に登壇させていただくことに。

権威あるマーケティングカンファレンスということで周りは業界の有名マーケターばかり。そうそうたるスピーカー陣に混じって自分が紹介されているのはなんとも不思議な感じでしたが、これまでの経験から得られた知見やイベントマーケティングの有効性について自身の考えをお話しさせていただきました。

Web上に広告があふれ、デジタルだけでは人の心が動かすことが難しくなっている中、リアルの場も活用したマーケティングシナリオ設計の重要性が高まっています。BtoBのセミナーイベントなどのノウハウはWebマーケティングに比べて、あまり情報がありません。

今後も、Reproから率先してノウハウを発信し、マーケター界隈でのプレゼンスを高めていきたいと考えています。

売れないお笑い芸人だった僕が、マーケティングの力で売れる仕組みをつくっていくーー。

人生の岐路でReproを選択したあのときから1年あまり、それが現実になろうとしています。


Story from https://www.pr-table.com/repro


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