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エンジニアとしての原点

こんにちは。花城です。

創業初期のPaykeにCTOとして参画し、約3年半が経過しようとしています。

当初、僕1人だけだったエンジニアも、いまでは15,6人程のチームになり、

それぞれが役割を担う最適化された開発組織となりました。

まだまだ発展途上のPaykeエンジニアチームではありますが、良い機会なので、僕自身のエンジニアとしての原点とPaykeとの出会いについて振り返ってみたいと思います。

あくまで個人目線での考察ですのであしからず。

エンジニアとしての原点

僕は、2008年に地元沖縄の大学を卒業し社会人になりました。

僕が高校、大学時代を過ごした2000年代は、ITベンチャーがメディアを賑わせた最初の時代でした。

テレビやインターネット、書籍を通して入ってくるITベンチャーの先駆者達の活躍に心を奪われ、大学在学中から見よう見まねでいくつかのWEBサービスを企画していた僕は、卒業後も就職せずに個人事業主としてWEBサービスを作ったり受託案件を引き受けたりして仲間数人と活動していました。

転機が訪れたのは卒業後半年程たった頃でした。

当時、僕達は求職者と求人企業をマッチングするサービスを開発していたのですが、開発を依頼していたエンジニアと連絡が取れなくなってしまいました。

事業の可能性を信じて疑わなかった僕は独学でプログラミングを学び、自分でサービスを完成させました。

結果としてその事業はうまくいかなかったのですが、この頃を境に僕はプログラミングの魅力に取り憑かれました。

プログラミングをするのに免許は不要ですし、投資といえる規模の高価な設備も必要ありません。

自分で思い描いた世界観を自分のスキル次第でいかようにも具現化出来る魅力が、プログラミングにはあると思っています。

Paykeとの出会い

Paykeの創業メンバー達と出会った当時、僕はフリーランスのエンジニアとして活動しており、初期のプロダクト開発を請け負う事から付き合いが始まりました。

当時の僕は、エンジニアとしての経験を積み、自由な働き方を認めてくれるパートナー企業にも恵まれ、自分なりに満たされた日々を送っていました。

今思うと少し恥ずかしくもあるのですが、目的として自分のサービスを作りたいという情熱があり、それを実現させる為の手段としてプログラミングを学びエンジニアになったはずなのですが、当時の僕はその情熱をすっかり忘れ、本質的には目的が何一つ達成されていないにも関わらず、そこそこ満たされた日々を過ごしていたのです。

Paykeの初期プロダクト開発を進める中で、だんだんと学生時代に描いていた夢、卒業後に昼夜問わずプログラミングに打ち込んだ情熱が蘇ってきました。そしてPaykeの可能性を信じ没頭する創業メンバー達を羨ましく思いました。

開発が一通り完了した頃に正式にオファーをいただき、Paykeに参画する事になるのですが、僕自身のエンジニアとしての生き方に気づきを与えてくれたPaykeとの出会いに今も感謝しています。

ちなみに代表の古田は僕のことを同い年だと思って誘ったようです。僕は8歳も年上です。

最後に

エンジニアの皆さん、「自分がなぜエンジニアになったのか?」そのきっかけや目的を覚えていますか?

僕は、エンジニア採用時のポイントとして、スキルや経験はもちろん気になりますが、「エンジニアとしてのモチベーションの原点がどこにあるのか?」に強く興味を感じます。

制約や不確定要素の多いスタートアップでエンジニアを楽しむ為には、確としたモチベーションが必要だと考えています。

もし、ものづくりの魅力と可能性に取り憑かれてエンジニアになったのであれば、Paykeにはあなたの情熱を注ぐだけの価値のある、解決可能な課題が溢れています。

Paykeについて少しでも気になったら、お気軽にメッセージをください。

ここでは書き尽くせないPaykeの魅力を直接お話させて頂きます!

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