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プロバレリーナを引退し、次の目標を探し続けていた私がメドレーに入社した理由

みなさま、はじめまして。株式会社メドレーの林と申します。

わたしは現在、カスタマーマーケティング室のCLINICS(クリニクス)インサイドセールスチームでリーダーをしています。
全国の医療機関に対して、スマホで医師の診察が受けられるサービス「CLINICSオンライン診療」や、クラウド型電子カルテの「CLINICSカルテ」、医療機関向け予約管理システム「CLINICS予約」など、CLINICSシリーズの良さを広める仕事です。

プロバレリーナをしていた私がなぜメドレーに入ったのか、ご紹介させていただきたいと思います。
異業種からの転職を希望されている方、メドレーに少しでも興味を持っている方にも、ぜひ読んでいただけたら嬉しいです。

将来の夢はバレリーナ

バレエとの出会いは4歳の時。母に連れられて観に行った「白鳥の湖」の舞台でした。

幕が開けた瞬間、まるで中世ヨーロッパ時代に舞い込んだような不思議な感覚におちいり「これからすごいことが始まる」と何かを感じ取ったのを今でも鮮明に覚えています。
セリフや歌もなく、表現は踊りのみ。4歳ながらただただその美しさに魅了され、舞台が終わると
「私もバレリーナになりたい!」と母に伝えていました。

もともと物心ついた頃から、音楽に合わせて踊るのが大好きな子供だったので(場所を構わずデパートや雑貨屋さんでも流れている音楽に合わせてオリジナルダンスを踊っていました)週に1回のレッスンが、毎週待ち遠しくて待ち遠しくて仕方がありませんでした。

(2回目に参加した、バレエの発表会の時の一枚。お気に入りの紫の衣装でした。)

週1回のレッスンが年齢を重ねるごとに2回、3回と徐々に増えていき、小学校3年生の頃には週5回レッスンに通っていました。ちょうどその頃、先生から

「そろそろコンクールに出てみる?」との誘いが。

約半年の時間をかけて準備し、小学校4年生の夏に初めてのコンクールに挑戦。
「こんなに時間をかけて練習したんだもん。大丈夫!」と意気揚々と実家の鹿児島から東京に向かいました。

が、結果は惨敗。

思い返せば、これが人生初の挫折だったなと思います。地元の教室では1番上手と言われているけれど、東京に出てみたら私と同じようなレベルの子がごまんといて
「私って全然上手じゃないんだな。上手になりたかったらいつかは東京に出なきゃダメかもしれない」とその頃から感じていました。

その後は、毎年2回ほどは東京にきて、色んな先生のレッスンを受けたり、特別なカリキュラムが組まれたセミナーに参加したりしていました。

中学入学と同時に東京での生活がスタート

東京に拠点を置く生活は、思ったよりも早くスタートしました。

「いつかは東京に出なきゃダメかもしれない」

と感じてから3年後、私は実家の鹿児島を離れ東京に上京しました。
「本気でバレエをやるなら」と送り出してくれた理解のある両親には、感謝しても感謝しきれません。

観たいと思った時にバレエの舞台を観に行けることや(※東京を拠点に活動しているバレエ団がほとんどなので、地方では年に3回くらいしか観に行ける機会がありません)遅くまでスタジオに残っていても、母に迎えを頼むこと無く電車で帰れる環境はすごくありがたかったです。

また私が通っていたバレエスタジオはバレエ団が併設されていて、レッスン中にバレエ団の芸術監督が様子を見に来ることもしばしば。
クラスの担当の先生からは「毎日がオーディションよ!」と言われていたのでいつ何時も気が抜けず、緊張感のある日々を送っていました。

プロのバレリーナとしてデビュー

プロのバレエ団のステージに初めて立ったのは、高校1年生の時でした。

初めての出番はたったの3分。ポーズをとってはける、ただそれだけ。それが私のプロのバレリーナとしてのデビューでした。文字だけで表現するととってもとっても味気ないのですが、メイクをして衣装をつけて、何個も年齢が上の先輩バレリーナたちと一緒の舞台に経った経験は、何にも代えがたい経験でした。

その後、徐々にバレエ団のステージにキャスティングされるようになり、朝から夜までリハーサルのスケジュールで埋め尽くされる日々を送っていました。自ずと高校の授業には出席することが難しくなり、高校では完全にレアキャラ化。笑

ほぼほぼ学校にいることのなかった高校生活ですが、先生や友達の協力のおかげで無事に卒業することができ、私の生活は文字通りバレエ一色の生活に。プロのバレリーナとしての自覚と責任感がより強くなりました。

(いつどんな時でも応援してくれる母とのツーショット。)

芸術をビジネスにする難しさ

幾つもの舞台に立ち続け、言葉に出来ないほどの感動を何度も味わいました。

しかし一方で、プロのバレリーナとして生きていく厳しさにも直面しました。

日本では、お稽古ごととしてのバレエはものすごいスピードで広がりを見せているのに対し、芸術としてバレエを享受する土壌はまだまだ足りないのが現状。一公演のギャラの金額は、トウシューズ代ですぐに消えてしまう程度。
「芸術を仕事にするのは厳しいよ」と今まで何人もの人に言われ覚悟はしていたつもりでしたが、やはり現実に直面すると限界を感じてしまう自分がいました。

当時、怪我を隠しながら踊り続けていたこともあり「収入もないのに突然身体が動かなくなったら、私この先どうするの?」という今まで考えたことのなかった考えが頭をよぎりました。これまで当たり前のようにバレエのことしか考えてこなかった私ですが、ふと外の世界に目を向けた瞬間、自分がとても無力に思えました。

「今ならまだ何でも出来る」

そう思った当時20歳の私は、自立した大人になるためにプロのバレリーナを引退することを決めました。

3年遅れで大学生活をスタート

高校の同級生達から、3年遅れて大学に進学しました。

理由は「大学を卒業しないとちゃんとした企業に雇ってもらえないと思っていた」から。幼い頃からずっとバレエしかしてこなかった私は、そのくらい世間知らずでした。

学校の授業に出ること、授業後に友達とお茶すること、休日に家族と旅行にすること。いわゆる「一般的な大学生の生活」の何もかもが新鮮に感じられました。

学科はマーケティングを専攻、国際マーケティングのゼミに所属しバレリーナ時代から興味のあったアートマーケティング(いわゆる芸術の売り方)について学びました。欧米諸国がアート組織内にマーケティングの部署を置き、専門性を持つ人材が組織のマーケティングに取り組んでいるのに対し、日本ではまだまだ理解が十分に進んでおらず「価値のあるものを創れば観客はそれを理解してくれる」という考え方がまだ根強く残っており、課題が山積みなんだなと感じました。

マーケティングの観点で、バレエと向き合うことは意味のある時間だったなと思います。

大学生活は「初めての経験」が多く充実していました。ただ一方で、バレエから離れて以降、
何にも本気で打ち込んでいない自分は価値がないのでは無いか?
バレエと同じくらい打ち込める何かを早く見つけなければならないのではないか?
という不安や焦りは常に頭の中にありました。

(とにかく一生懸命になれる目標がほしくて、大学のミスコンにも出場した経験もあります。苦笑)

生命保険会社に入社

結局やりたいことが分らないまま、大学を卒業しました。

新卒で入社したのは生命保険会社です。
「だれもが知っている大手企業に入社したら両親も喜んでくれるかも」と両親への恩返しの気持ちで、内定をいただいた企業の中で一番大きな会社を就職先を選びました。

保険というと「よく分からない」「なんだか難しそう」という言葉を度々耳にします。私自身も入社当初は「保険は家庭を持った人が加入するもの」というイメージしかありませんでした。ただ、研修を通して商品のことを学んだり、資格試験を受けたりするうちに(入社1年目は毎月1〜2個資格試験がありました)少しずつ保険の重要性が理解出来てきて、知識が増えていけばいくほど保険に対して抱いていたイメージも大きく変わっていきました。

2ヶ月の研修を経て、いよいよ営業活動がスタートです。
私が担当していた職域営業は、担当企業へお昼休みや就業後に出入りする営業スタイル。初日は担当フロアのエレベーターホールに立ち、とにかく可能な限り通りかかる人に話しかけました。

「こんなに無視されることある!?」

と突っ込みたくなるくらい無視され続けたので、まるで空気になった気分でした。
「こんにちは」に対して「ごめんなさい」と返事をもらったのが、初日の唯一の会話(?)でした。

2日目からは開き直って、とにかく私は空気じゃないことを認識してもらおうと、あらゆることを試してみました。
「ぜひお名前を覚えさせてください」と伝えてもそう簡単には教えてくれないので、「では私があだ名を付けちゃいますよ」と言って自分が呼びやすいよう(覚えやすいよう)勝手にあだ名を付けたり、お客様を見つけると「提案書受け取ってもらうまで追いかけますよ」走って追いかけたり、今振り返ってみると結構はちゃめちゃな営業をしていたなと思います。笑

お客様から「この間、会社の飲み会でおもしろい新人さん来たねって林さんの話題になったよ」と言われたのは営業活動をスタートしてから3ヶ月が経過した頃でした。

ちょうどその頃くらいから、契約も安定的に取れるようになってきて気持ちにも余裕がでてきました。

営業の仕事もお客様も大好きで、充実した日々を送ってきました。ただ、その生活を1年半ほど続けたころ、ふと「転職」というキーワードが私の頭をかすめるようになっていきました。

多分私は、大企業の文化に馴染めなかったんだと思います。

私は変化を求めるタイプですが、会社は変化を好まず安定を求めていました。
上司に「新しいこと始めましょう?」と相談してもいつも「会社の決まりだからダメ」や「今まで続いてきたルールだからダメ」と頭ごなしに言われ続けることにも違和感を感じていました。

「組織とはこういうものなのか?」「それとも社会人1年目の私の考え方が甘いのか?」
という考えがひたすら頭の中をぐるぐるしていました。

頼れるマッチョな義兄

私は3姉妹の末っ子で、常に2人の姉に支えられ、甘やかされて生きてきました。

私が大学2年生の頃、長女が結婚し義兄という最も頼りになる存在ができました。義兄に出会ってからは、本物のお兄ちゃんのように何でも話してきましたし、私が困っている時にいつも助けてくれて・・・
まさに私にとってはスーパーマンみたいな存在でした。

仕事で思い悩んだときも一番に相談したのが義兄でした。義兄は私の話を真剣に受け止めてくれたのはもちろんのこと、仕事の向き合い方についてや上司のあるべき姿について熱く語ってくれました。
その日を境に、義兄に仕事の相談をすることが増えていきました。毎回的確なアドバイスをくれるので、自然と「こんな上司のもとで働きたいな」「一緒に働いたら毎日楽しそう」と一緒に働いている姿をイメージするようになりました。

そして私は今、まさに義兄と同じ会社で働いています。

(まだマッチョになる前の義兄である田中と若かりし私。)

メドレーとの出会い

田中が転職した時からメドレーのことは知っていました。Googleからの転職があまりにも衝撃的すぎて、一時期、私の家族のLINEはこの話題で持ち切りだったほど。笑


ただ私の両親も姉も
「大ちゃんがこんなに惚れ込んでいるのだから、相当優秀な人達が集まってる会社なんだろうね」
と口を揃えて言っていました。(もちろん私もそう思っていました)

初めてオンライン診療を知った時は、今まで普及していなかったことが不思議なくらい時代にフィットした診療スタイルだなと思いました。
実際に私が現役のバレリーナだった頃、「病院に行きたくても時間が無くて行けない」という辛い思いを何度もしていたので、これは間違いなく世の中に必要なものだとも感じました。

メドレーのことを知れば知るほど、惹かれている自分がいました。

しかし「新卒で入社した会社を2年経たずに転職するのは早すぎるのではないか?」という考えが障害になり、なかなか新しい一歩を踏み出せずにいました。そんな私を見て、

「とりあえず3年やってみるってよく聞くけど、そう言ってる時点で3年いることが目的になっちゃってる。その時点で思考が停止してる。それなら新しい一歩を踏み出した方がいい。今の時代、転職するリスクより転職しないリスクを考えたほうがいいよ

と田中が背中を押してくれました。

(今では仕事の相談にも乗ってくれる義兄。)

数日後「転職することに決めたよ」そう田中に伝えると、「一度メドレーに遊びにおいでよ」と誘いを受けました。正直その誘いを期待していたので、心の中で「やったー!」とガッツポーズ。

実際に会社を見学してみてますますメドレーに魅力を感じ、選考へ進ませていただくことになりました。面接では初めて田中以外の社員の方とお話し、事業やビジョンだけでなく、どんな人と一緒に働けるのかがクリアになっていくうちに、「ここで働きたい!」と意欲が高まっていったのを覚えています。メドレーの目指していることへの共感はもちろん、同時に自分が働くイメージ・活躍出来るイメージが出来たからです。社会人歴は長くはないですが、それまでの経験から、目的・目標を達成するために、どうしたら良いのか打ち手を考えながら挑戦し続けることができるという自分の強みをアピールし、結果無事に内定をいただきました。

実際にメドレーに入社してみて

メドレーに入社したての私は、「インサイドセールス」という新しい営業スタイルがあることすら知りませんでした。

ただ、以前保険営業をしていたときに、「アポ取り・クロージング・契約後のフォローを分業できたらもっと効率良くなるよね」と何度か同期と話していたので、田中から初めてインサイドセールスの説明を受けた時は「まさにやりたかったのはこれだ」と感動しました。

これまでの足で稼ぐ営業とはまったく真逆の営業スタイル。加えて前職ではスケジュール管理から顧客の見込み管理、提案書まですべて紙での管理が当たり前だったので、最初はMacとディスプレイしか置いていないデスクに「私やっていけるかな・・・」と不安を覚えました。

「分からないことは何でも聞いてね」という先輩の言葉に甘えて、本当に何から何まで自分の納得いくまで、つきっきりで教えてもらいました。
社歴や年齢、これまで経験してきたこと関係なく、フラットに意見を言い合う空気があったから、私も遠慮せずに何でも聞くことが出来たんだと思います。それぞれ個性的なメンバーなのに、一体感があってすごく素敵なチームだなと思いました。

インサイドセールスのチームはデイリーで目標を設定し、一日の終わりには必ずメンバー全員で振り返りをする時間を設けています。
そこでは「もっとここが改善されたらみんなの生産性が上がりそう」「じゃあ、このやり方に変えてみるのはどう?」という建設的な意見交換が活発に行われています。入社したばかりの私でも、メンバーそれぞれが課題意識を持ちながら業務に取り組んでいるのをすぐに感じとることができました。

また前職では「自分の成績を達成するために」ということにフォーカスしてばかりでしたが、メドレーでは一人一人が

「チームのために」

という視点で考え動いている。これも以前との大きな違いだなと感じました。そして何よりもチームが変化していくスピード感には驚きました。


この優秀なチームを引っ張っていけるような存在になりたい」

入社して1ヶ月も経たないうちに、その思いが芽生えました。そのために、自ら情報を取りに行くこと、分らないことは分らないままにしないこと、この2つは徹底していました。

初日に「なんでも聞いてね」と言ってくれた先輩のおかげで「聞きたいことを聞けない」「誰に聞いたら分らない」のようなストレスは一切なかったですし、メドレーには幅広いバックグラウンドを持つ人が集まっているので、様々な観点から「医療」の話を聞くことも出来ました。

どんどん業界への理解が深まっていくことが楽しくて、「すごい頑張ってるね」と先輩から声をかけてもらっても自分では「頑張ってる」という感覚がなくて、「とにかく毎日が楽しいです」と答えていました。

念願のリーダーへ

入社して1年が経過したころ、ずっと目標にしていたインサイドセールスのチームリーダーを任されることになりました。

任せてもらえたことは素直に嬉しかったですし、期待に応えたいとも思いました。しかし、これまでマネジメントの経験はゼロ。「私で大丈夫かな」という不安はもちろんありました。
でも不思議と「こんなに優秀なメンバーが揃ってるから大丈夫」と考えている自分もいました。

リーダーとして心がけていることは、メンバーを信頼し仕事を任せることです。

リーダーというと「何でもバリバリ出来ます!」という人を想像する方もいるかと思いますが、私自身、苦手なことが本当に多いので
「これは〇〇さんが得意そう」「これは〇〇くんが得意な分野だな」と思ったら
「ぜひあなたにやってほしい!」と仕事を任せます。
(もちろん投げやりなわけではなく、適宜フォローをしながらですが)

信頼して仕事を任せるられるように、一人一人とコミュニケーションを取ることもとても大事にしています。ちょっとした変化に気づいてあげたり、何かあった時に一番に相談したいと思ってもらえる存在(私が転職に悩んだ時に田中に一番に相談したように)でありたいなと思っています。

そんな思いが伝わっているのか、メンバーからは「お姉さん」を通り越して「お母さん」みたいと言われていますが。笑

(信頼を置いているチームメンバーと。)

チームリーダーになりたての頃は、私の指示が上手く伝わっていなかったり、チーム内で同じようなミスが連続して起こることもあり、その都度「私の伝え方が問題なんだな」と反省し、試行錯誤していました。

しかし、性格や考え方の異なるメンバーが揃っていることは間違いなくチームの強みです。

それ以降、仕事を依頼をする時や物事を伝える時には「普通」とか「一般的に」というワードは使わずに、背景を分かりやすく伝えることを気をつけています。

チームの一人ひとりがのびのび働いているのは、良いものは良いと素直に褒めあう文化や、みんなが対等に意見を言い合える風通しの良さのおかげで、納得感を持って働けているからだと思います。また無理に変わろうとするのではなく、その時々で必要な変化を受け入れることで常にチームがベストな状態でいれるのだと思います。

入社して1年で私がインサイドセールスのチームリーダーを任されることになったのも、常に前を向いて頑張れる環境があったからこそだと思います。

私はこんな人と働きたい

私が所属しているインサイドセールスのチームは、一人でも多くのお医者様にオンライン診療や電子カルテなど「CLINICS」を知っていただくため、日々奮闘しています。
最適なタイミングと切り口で、「まずは、お話聞いてみませんか?」と提案するインサイドセールスは「きっかけ作り」のプロ集団だと自負しています。

私が入社した頃、「オンライン診療」はまだまだ耳馴染みのない存在でしたが、この1年半の間に診療報酬改定でオンライン診療が保険の点数として認められたり、ガイドラインが誕生したり、オンライン診療の適切な実施に関する指針の見直しに関する検討会が行われたりなど、数多くの変化がありました。
「CLINICSオンライン診療」の認知もぐんと上がったなと実感しています。

そのため、以前のようにただ「オンライン診療」という言葉の認知を高めるだけでなく、正しい情報を正しく伝えることも、私達インサイドセールスの重要な役割になってきました。

(笑顔の絶えない素敵な職場です!)

私はもともと医療業界に強い思い入れがあったわけでも、特別成し遂げたいことが明確にあったわけでもありませんが、今とても満たされながら毎日仕事をしています。

学生の時は「何がやりたいか分らない」と悩み続けていましたが、気がついたら悩むことも少なくなっていて。それだけ毎日自分の目の前のことに夢中になっているんだなと思います。

メドレーでは医療分野に興味がある方はもちろんのこと、「やりたいことは分らないけど、とにかく何かに夢中になりたい」という人が輝ける場所があります。

新しい一歩を踏み出したいけど、なかなか勇気が出ない。
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