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デジタルマーケの会社が福祉に参入!【フランチャイズオーナーストーリー】

今回はルーツという生きづらさ解消コミュニティこと就労移行支援事業のフランチャイズ加盟をされた、株式会社フリーウェブホープの相原社長にお話をお伺いしたいと思います!

相原 祐樹
ランディングページ制作を行う株式会社FREE WEB HOPE(http://free-web-hope.com/)の代表取締役。
都内で数少ないランディングページ制作専門会社で、年間100本以上の制作を手掛ける。
BtoC,BtoB等ジャンルを問わず幅広く制作を行っており、最大コンバージョン率32%を叩き出す等、ランディングページ制作・運営のスペシャリスト集団。


社長の前はプロのヒモ⁉ヒモにも仕事があるらしい!

ーー相原社長自身の話ってお伺いしたことなかったんですけど、めちゃめちゃ面白そうって思っているので、まず自己紹介からお願いしてもいいですか?

はい笑 じゃあ経歴から、、、1985年生まれの34歳です。会社作ったのが26歳の時だから今は9期目。会社つくる前は、25歳の時に8ヶ月だけ広告代理店で働いてました。
25歳まで何してたのかって話なんだけど、僕就職活動とかってしたことなくて、そもそも僕中卒なんですよ。10代の頃は働きながら専門学校に行くためのお金を貯めて、ヘアメイクの専門学校入ったんだけど、すぐ辞めちゃって。その時目標とかも一緒になくなっちゃったから、20代はフリーターとニートを繰り返してた。繰り返してたって言ってもほとんどニート状態で、バイトしても3ヶ月ぐらいで辞めてて全然続かなくって、彼女に食わせてもらってた。もうね、プロのヒモだったよね。
言っとくけどただのヒモじゃないよ。プロのヒモ。笑

ーープロのヒモって職業初めて聞きました。笑 アマチュアとは何が違うのですか?

漫然とヒモしてたわけじゃなくて、掃除洗濯とかの家事は当たり前だし、料理の中にメッセージカード入れたりとか、サプライズはほとんど毎日やってた。マッサージなんかもしてた。ほんとマジでプロのヒモ。笑
ヒモにはヒモのノウハウみたいなものがあってね。ナンパはし続けてないと危険っていう。なんでかって言うと、いつ捨てられるかわからないから、常にリストがないといけないのよ。だから家の事やりながら、日中は外に出て仕事(お声掛け…)する、帰って夕ご飯の支度、みたいな日々。
当時の彼女がもしかしたらこの記事を見てるかもしれないけど、ほんと感謝してます。僕、成長したよ!笑
ちなみに一番お世話になった子は今はもう家庭もあってとーっても幸せそうにしてるよ。

ーーヒモとして彼女にめちゃめちゃ価値提供してますね。笑

そうなのよ。だから働いてほしいとも何とも言われなかった。
スーパーとかちょっと買い物行くのにもお金もらうじゃん?それを500円ずつ貯めてバレンタインにサプライズしたり。あの手この手で楽しませてたよ。
でもまぁ家事やってるっていっても、掃除も毎日してたらきれいだし、どんどん手際も良くなるから結構時間があるわけ。それで、ゲームがすごい好きだったから当時3台あったパソコンを使ってオンラインゲームばっかりやってたの。

ーーヒモのくせに3台もパソコン持っていたんですか?笑

そう!笑
で、当時ネットゲームのデータが流れてきて、「なんでこんなの落ちてるの?」って半信半疑で中身開けたら、本物だった。だから1台のパソコンをサーバー機にカスタマイズしてオンラインゲームを公開して1人で遊んでた。「これゲームも改造したら面白そうだな〜」って思って魔法の確率変えてみたり、オリジナルの武器実装してみたりとかね。その時PHPとかJavaScriptとか、Eclipsっていう開発環境だったりとかをめっちゃ勉強して改造して遊んでたんだよね。もちろんほんとに0から、「hello world」ってブラウザに表示させるとこから始めて。一番楽しかったのは、データベース作りだったなぁ。

ーーもうハチャメチャですね。その後、どんな経緯で仕事することになったんですか?

そんなこんな過ごしてたら、中学の時の友達が会社を創ったんだけど、合コンのマッチングサービスが作りたかったみたいで、「お前パソコン詳しいよね?」って誘われて。
男性も女性も会員はグループを登録して好みや日時から合コンをマッチングする、みたいな。とりあえず内容としては会員をマッチングするシステムを作ればいいのかって思って、必要な機能とか整理したら全部PHPで作れたから、2,3ヶ月かけて完成させた。

独学で完成させたサービス。ネット民だからこそわかった世の中の流れ

ーー独学勉強でできるって、、すご、、、。そのサービスはどうだったんですか?

サービスはギリギリなんとかつくれたんだけどさ、マジで無知だからマーケティングとか全く分かってなかった。笑
だから、「リリースしたはいいけど、え?これって何するの?」って感じで、何すればいいか全くわからなくて。でもなんの手も打ってないながらも、どこから来たのかわからないけど使ってくれる人がいて、嬉しくて。自分が創ったサービスにユーザーがつくのはめっちゃ面白いなと思った。
でもやっぱサービスが当たらなかったのが悔しくて、この熱量のまま、何かしたかったんだよね。僕は働いたことなかったけど、ネットの世界にずーーっといたからネット文化にはめっちゃ詳しかったのよ。だから自分の中で絶対次はこれが来る!って思ってたものがあってさ。

ーーというと?

僕は絶対動画配信が来るって思ってたの。
サービスの開発してた時、その開発環境を24時間ライブ配信してた事もあった。当時Ustreamの生中継が面白くて、これからは絶対生配信だって思った。
だから友達の姉貴に偉い人たちの名刺をもらって、その名刺に自分のケータイから電話かけまくって、「Ustreamって知ってます?世界中に生中継が出来るんですよ!」って営業しまくったら、めっちゃ契約とれたんだよね。笑
それこそセガとか、ウォール・ストリート・ジャーナルとか、色んなところから受注できてめちゃめちゃ面白かった。撮影とかを時給3万くらいだったかな、で受けて、日給で言うと10万ぐらいかな?これは稼げるって思いながらやってたら、たまたま知り合った社長から、「お前面白いからうちの会社で営業やれよ!」って言われて、「やべえ!就職できるの!?」って超嬉しかった。笑
当時その会社もエリートしかいないイメージだったし、創業者は元GMOでトップセールスだって聞いてたし、広告業界ってなんかかっこよさげな雰囲気あるなと思って、そこで働くことにしたんだよね。




元ヒモが入社2ヶ月でつくった売上とは?

ーー普通の人と逆ですね。笑 めちゃめちゃ上手くいってたのに就職を選択したのはなんでですか?

単純に就職することに憧れがあった。してないことに劣等感って言ってもいいね。
でもさ、その社長も僕の中卒って経歴に途中で弱気になったのか、最初は本社で働く予定だったんだけど、社長の子分みたいな人がやってる支社で働くことになったんだよね。しかもその支社っていうのが、全然キラキラしてない雑居ビルの1室で、「あれ?僕広告の営業マンがいるところに行くはずなのに、ここなの?」って感じ。笑
初日から、「これ売るために新規でテレアポして」って資料渡されて。今はそれがリスティング広告だって分かるけど、当時の僕には全く意味がわからないから、1回でいいから他の人にこの商材の話聞かせてほしいってお願いして、本社の社員に30分だけ時間もらって教えてもらった。「誰、こいつ?」って感じですげーダルそうにしてた。でも、30分聞いたところで、まじで意味わからないんだよね。笑

ーーその状態でよく営業できましたね。笑

ほんとに何もわからないからさ、テレアポする企業の選び方がおかしくて、僕は資本金1億円以下の会社には電話しないって謎の選択してたんだよね。資本金1億未満なんて、お金なさそうだし広告やらないんじゃないの?みたいな笑 今思えば相当な勘違いだってわかるんだけど、社会人経験全くない僕にはそういう基準みたいなのが皆無で。
でも、結果それがよかった。みんな無理だと思って電話しないから、逆に聞いてもらえる。今から9年前は一般にリスティング広告が広がっていっている時期で、ちょうど企業は情報がほしいタイミングだったと思うし、僕はインターネットの文化にはすごい詳しかったから、リスティング広告がわからなくてもこれから何が来るのかがわかってた。当時はこれからクーポンやフラッシュマーケティングが来るってときだったから、そういう話すると、そんな事話せる営業なんていないから結構差別化できて、めちゃめちゃ受注したんだよね。入社2ヶ月で3,000万円の売上つくったの。しかもほとんどが全部半年契約以上で。

ーー2ヶ月で3000万円⁉バケモノですね、、、こわwwwww

その会社12期ぐらい続いてたんだけど、2ヶ月で歴代ナンバーワンになっちゃった。笑
そのあとも順調に売り上げ伸ばして4ヶ月目くらいには売り上げベースで5000万ちょっとあったと思う。
当時本社には1度も出社したこと無いのにイントラにずっと1位で名前が出てくるから、不思議がられてて。「誰なのこいつ?」「なんかあっちの雑居ビルで一人でやってるらしいよ?しかも素人らしいよ?」みたいな謎の営業マンだった。で、仕事始めて3ヶ月目に本社に呼ばれて、みんなの前に出されて、「みんなにアポの取り方とか、教えてやれ」って社長がみんなを詰めるのよ。社員を焚きつけるようなこと言われてさ。僕はこれから本社の人と仲良くなりたいと思って、キラキラエリートサラリーマン生活を謳歌しに来てるのに、険悪な紹介でやだなとおもいつつ、一方で調子乗るクセもあったから、「え、ああ全然余裕ですよ。午後一には3アポは取れます」みたいな言い方したんだよね。笑

ーー想像できます(笑)実際、みんなとやり方は全然違ったんですか?

周りとやり方が違ったっていうか、やり方知らなかっただけなんだけどさ。とりあえず訪問して土下座すればなんか受注できると思ってたから、とにかく電話でクロージングとかしないで会いに行くようにしてて、それも良かったのか紹介ももらえてた。その会社は、テレアポのみでクロージングにもっていくスタイルだったんだけど、僕からしたらそっちのほうがすごいよ。
当時新規のテレアポで3~4アポなら13時か15時くらいには終わってたんだけど、本社の人は1アポ取るのにも1日がかり、3件取れたらよくやったみたいな感じでって言ってて、「なんでそんなに時間かかるの?」って思ってた。やっぱりバイアスが掛かってないのってすごくて、なにも知識がない分すごい考えて実践してた。通電した瞬間にメール送って、「さっきメール送った件なのですが」って言ったり、資料もめちゃめちゃ作り込んで送ったり、、自費でツール買って競合情報まとめて顧客に提供してたり。「どうやったら相手が自分と会うメリットを感じてくれるか」っていうのをめちゃくちゃ考えてた。
でも、正直営業って僕の中では得意な事だけどやりたいことではなかったから、ある程度満喫したらすぐ飽きちゃって。
当時インセンティブ制だったから月給200万ぐらいあったんだけど、お金よりメディアがやりたくて、給与20万でいいからメディアやらせてくれって言ったんだよね。それでメディア事業部っていうのをやることになるんだけど。っていうかほんとに月給20万になったのには笑ったけどw
でもメディアってやっぱりすぐマネタイズできるものじゃなくってさ、今まで営業をやってきたわけだし、会社としては「マネタイズいつなの?」みたいなプレッシャーもあった。
当時僕は、「10万PVまでは広告貼るべきじゃないです。」って言ってたんだけど、まぁ当然やりたいことをやりたいようにはできないじゃない、会社だし。だから好き放題やりたくなっちゃって会社つくったんだよね。




中卒から社長に!好き放題やるための会社で待ってた困難

ーーその後、今のフリーウェブホープを起業したんですか?

会社は「独立しよう」と思った瞬間につくったから、、辞める時にはすでにあったよ!
辞めた理由は好き放題やりたい以外にも色々あって、僕喫煙所の愚痴り合いがすごい嫌だったんだよね。売れたら仕事超楽しいのに、売れないから愚痴言ってるだけじゃん?お前が売ればいいだけだよって思ってたし、なんかそういうネガティブな空気が嫌だった。
あとは、「最年少取締役やらないか?」って言われたんだけど、そこにたどり着いたらもう面白くないなと思って。もうその上って専務とか副社長しか無いし、あーなんかもう終わりなのかーってその時は思ってた。今ではもっと先があるのはわかるんだけど、その時はそう思っちゃったね。
もともと僕攻略グセがすごいあるのよ。バイト辞めたっていうのも、攻略すると飽きちゃうんだよね。結果1つも極めない、器用貧乏みたいな。笑
それもどうなんだろうって事で、辞められないことをやろうと思って起業した。ずっと飽きない何かが欲しかったっていうのもあるね。
それから、広告の営業ばっかりやってたけどやっぱり僕は何かをつくるほうが好きだったからそういう事がやりたいって思ったっていうのもある。ほんと理由は1つじゃないかな。

ーー最年少取締役って普通喜ぶタイミングですよね。笑 でもすごい止められたんじゃないですか?

うーーん、ある種リーダーとかマネージャーとか立場が上がった時に、自分が守りに入った感じが嫌だった。元々なにも持っていなかったのに、年収も上がって得意な事も出来て「あ、これ失いたくない」って思っちゃった。そうすると思考が守りに入る。チャレンジしたくなくなる。それが嫌で、全部なくしてもうひと勝負しないとだめだって思ったんだよね。なんだろ、破壊衝動?笑
止められたけど、気持ち変わらないよね。説得され続けたけど、「もう僕月6000万円つくったから恩返し十分ですよね?」ってことを伝えた。笑
でもめちゃくちゃ感謝してるし、今となっては当時の社長の気持ちがよく分かる。っていうか結局僕の営業スタイルって当時の社長に、今でもそっくりだし笑

ーー創業時はお一人だったんですか?

いや、すでに1号社員がいたよ。
トップセールスでやってた時に、会社から「この女の子どうにかならない?」って当時全然成績出てなかった子について相談されてさ。「じゃあ僕のところで1ヶ月やってだめだったら辞めてもらいましょう。」って伝えて、僕の持ってたノウハウ全部教えてアポインターとしてやってもらったのね。そしたらその子ちゃんとアポとれるようになったんだよね。
やっぱり成果出たら楽しくなったみたいなんだけど、だんだん物足りなくなってきたみたいだったからデザイン勉強しにいきなよって伝えたら、自費で学校行ったんだよね。それで僕が辞めるって言った時に、その子も着いて来て一緒にやってた。
僕めっちゃ仕事とれるから、学校行ったばかりの、デザイナーになりたてみたいなその子に仕事振りまくってた。笑

ーーそういう鬼畜具合がうちの社長(古徳)と一緒ですね。笑

多分ナミさんも経験あると思うんだけど、、、夜中に泣きながらオフィスを出てったことがあって。もう案件パンパン過ぎて泣いてるのを慰める余裕もなく、出てこうとするその子掴んで「納期明日だぞ!!」って2人で仕事してた。笑
僕がシステムはできたから、その子はデザインで僕はシステムって感じでやってたんだけど、初めてやった案件とかECサイトだったしね。鬼畜だよね。笑

フィールドがあってプレイするのと、フィールドを創るのは違う。

ーー先ほど攻略が楽しいって話が出てたと思うんですが、会社やるって攻略の終わりが無いんじゃないかなって私は思っていて。だから相原社長は起業して攻略し続けていく楽しさがあるのかな?と思ったのですが、どうですか?

ほんとね、最初はそう思えると思ってたんだけどね。実際はもうただただ必死よ。笑
もうゲームが違ってくるよね。起業は。攻略とか余裕こいてらんないよね。
今でこそ思うけど、攻略が面白いって思えるのは、すでに用意されたフィールドがあるからこそ。プレイヤーとして参画するのと、フィールドを創るのは違う。問題が何かを定義しないといけないけど、それって問題定義が間違ってたら、方針も違っちゃうじゃん。
もうね、ただただ売り上げあげたいよ。笑

ーーフィールドですか。確かに。でも相原社長めちゃめちゃ売り上げられるし、創業後すごく順調だったのかなって思ったんですが。

実は会社のことでは割と苦戦した事もあって。社会人経験もろくになくて会社作ったはいいけど全てわからなかったんだよね。5期目まで決算書の読み方もわからなかったし。昔は内定通知書とか、雇用契約書とか「何それ?」って感じで。
面接とかしても、いいと思ったらその場で「はい、採用!じゃあいつからにする?今日行けるの?じゃあ"今"から働こうか!みんなー新入社員だぞー!」みたいな。笑 
今じゃ考えられないよね笑
お金は見てたけど、超どんぶり勘定。僕の中で、月初に持ってたお金よりも月末に多くのお金を持っていたら潰れないからOK!って思ってて。まぁ真理ではあるんだけどもさw
それに、一般的な組織とかチームとか、普通に会社で働いたことが無いからあんまり人の気持もわからなかったっていう部分で苦戦したかな。


施設で育った自分には、「学ぶこと」は当たり前じゃなかった。

ーーなんか失礼かもしれないんですけど、いろんな勉強をご自分でされてるじゃないですか?でも「学ぶ」って技術がいると思っていて。結構自分の「学び方」って受験とかで鍛えられる気がしていたんですが、相原社長は受験とかされてなくて、だけどすごい勤勉だし知識も吸収力もすごいなって思ってるのですが、、。

ああ!それでいうと僕中卒だけど、めっちゃ勉強してたのよ。
僕両親がいなくて施設で育ってるんだけどさ、小学校もほぼ行ってなかったんだよね。小学校だけで12回転校してるから、ほとんどいけてない。
でもその小学校時代でもめちゃくちゃ本は読んでた。貧乏な家だったし、学校も行ってないからさ、近くのゴミ捨て場に捨てられてた本が唯一の娯楽片っ端から小説を読みまくってた。折原みとっていう恋愛小説なんかも、ドストエフスキーとか、江戸川乱歩の小説とかも小学生の頃に読破してるし笑
ちゃんと学校に行ったのは中1の終わりくらいから。そしたら人生で初めて勉強するわけでさ、学ぶのがすごい楽しくて、めちゃめちゃ勉強してたの。学校で初めて出た授業は英語の授業だったんだけど、わからなくて戸惑うって言うより、勉強すれば英語喋れるようになるのかなって期待のほうが大きかった。「え、学校で英語の勉強するんーー!?!」って衝撃的だったのを覚えてる笑
授業は全然わからないことばっかりだったから、施設に勉強教えに来てくれてた大学生のボランティアに、部活の後毎日勉強教えてもらってた。それこそ掛け算とか小学校の漢字からだったけどね。笑
でも僕本はめちゃくちゃ読んでたから、読解力はあって、勉強すればすごい勢いで吸収はできたんだよね。だからすぐ追いついたね。とにかく楽しくて、3年になるときには教科書の先を行ってるぐらいになってたかな。

ーーす、す、すごい。。。学ぶことが当たり前じゃないって気づくの大切かもしれませんね。だからこそ、知識欲がすごいエネルギーになってらっしゃる気がします。

人生気づいたときには施設にいたからね。4歳とかかなあ?
施設って18歳までしかいられないんだよね。僕は勉強したら当然大学に行けると思っていたんだけど、施設に残って大学まで進めるのは、ほんの一部のバケモノ級の成績の持ち主だけ。1%にも満たないんじゃないかな。これは頑張ってどうにかなる問題じゃないって思ったから、学校行くより早く社会人経験つもうと思って高校1年で辞めたんだよね。それで中卒なの。

「あなたはココにいてはいけない」と言われてクビになった初仕事。

ーーそうだったんですね。最初の職場はどんなところだったんですか?

住み込みがある場所が良かったから、住み込みができる蕎麦屋に就職した。朝4時からそば打ちの練習とか仕込みとかして、帰るのが24時とか。休憩の時間とかで大検(大学入学資格検定)の勉強とかして。
そこの蕎麦屋って結構格式が高いお店で、女将さんは毎日着物を着てたんだよね。それで当時から美容とかきれいなものに興味があったから着物とか見せてもらっていたら、ある日女将さんに「あなたは蕎麦屋にいてはいけません。すぐに辞めなさい。」って言われて。「イヤです」って言っても「あなたはココにいてはいけない」って聞いてもらえなくてクビになった。
施設に戻るのが嫌だから、クビ宣告されたその日に夜逃げした。笑
でも住む家もないし、これからどうしようって途方に暮れて、戸塚の河原でナンパした女子大生の家に転がり込んだのがヒモ人生の最初だね。笑

ーー女将さんに超絶感謝ですね!なんか壮絶なんですけど格好いいです。ロックですね。笑

そうだね笑 逃げてしまったけど。当時、僕はとにかく施設に戻るのが嫌で、探されて居場所がばれることが怖かったんだよね。捜査力とかすごいんだよ、ああいうところ。笑
仕事とかもさ、親がいないから保護者欄に施設の名前書くわけよ、そうすると確認の電話がいって、バレる。だから迂闊にバイトできない。それでヒモ生活。
女の子の家を転々として、水商売してる子の家にいた時に、「仕事なんてなんでもあるでしょホストやりなよ」って言われて、「なるほど」と思って17歳ぐらいの時にホスト初めて、専門学校に行くためのお金貯め始めた。

ーー相原社長のトーク力はホストで身につけたんですかね。笑 どのぐらいで貯まったんですか?

19歳の終わりぐらいかなあ?稼げてもすぐ使っちゃうから時間かかっちゃった。笑
それで専門学校行ったはいいけど、そこでも現実を知ってさ。ヘアメイクがやりたかったんだけど、雑誌とかコレクションのヘアメイクの人って、師匠に着いてアシスタントで下積みがあるんだよね。それが月給3万とかなわけ。実家があるわけでもないしこれはやべえなって思って、方向転換。ブライダルもいいなって思ったけど、ブライダルって着物の着付けとかもやるから女性しかやれませんって言われて。最後に残されたのが美容部員だったんだけど、元々中学の時に雑誌で宝生舞が出てたソフィーナ レイシャス化粧品の広告見た時に、「うわあ、これがやりたい!」って衝撃受けて決めた道だったから、自分のやりたいこととはあってない気がした。それでなんか気力がなくなって辞めたんだよね。




日本で一番期待を超える集団の誕生

ーーどの話聞いても行動力がすごいし、営業も困らなそうだから創業後は順調なイメージしか無いんですが、やはり売上面は順調だったんでしょうか?

売り上げで言うと、めちゃめちゃ順調だったね。1期目で4000万、2期目で1億、3期目で3億、4期目で5億、5期目で6億。でも6億で止まったのよ。それまではとにかく営業強くするっていうのをやってたけど、それに疲れてきてて、後ろ工程をもっと強くしないとなって思ったね。その頃って、ゴリゴリ営業マンを採用してて、売上6億だけどメンバーは8人しかいなくて、全員めちゃめちゃ力があったからできてたけど、再現性は無いんだよね。営業だけじゃなくて、もっと質とか後ろに力入れようって思った。
それで新しいメンバーも加えてやっていこうと思ったんだけど、もうそこからはわけが分からなかったね。

ーーというと?

営業チームのマネジメントって数字が全てだし、っていうか僕が営業できるしで割りと単純だったんだけど、職種が増えてくるとすごく難しかった。デザイナーとかディレクターとか。
全員数字を見ていた(ある意味1つの方向を見ていた)ときには起きなかった事がどんどん起こる。、人と人が揉めだすとか陰口が出てくるとか、訳がわからなくなって、15人になったり、10人になったりっていうのを3年ぐらい繰り返してた。

ーー相原さんにもそんな時期が!組織としての課題ですね。その後どうやって今の形にしていったんですか?

まず怒らなくなったね。笑
怒り続けてると嫌になってきて。それで今度は「みんなで楽しく」みたいにするとそれはそれで揉め始めるし。誰かの悪口言ったりとか気持ち悪い事が起こったり、それでいて売上が上がるわけでも無いし、昔のほうがいいじゃんって思ったりなんか右往左往してた。
で、それまで経営理念とかなかったんだけど、何かみんなをまとめるものが必要だって考えるようになって、経営理念を真面目に考え始めた。きちんと自分たちの目指すものを考えて、しっかり伝えることにして、これに則さない人はやめていいって言ったのね。結構辞めるだろうなって思ったんだけど、逆に結束力が高まったんだよね。もちろん辞める人もいたけど。
愚痴気質な人は辞めていって、いい人だけ残ってくれて、そこからはぶわーって伸びたね。組織、マネジメント、チームとか色んな壁にぶち当たってきたけど、人ってそこに落とし穴があるよって言われても実際落ちないとわからないよね。

ーー今外部って立場からフリーウェブホープさん見てると、とてもそんなことがあったようには見えないです。笑

今年ジョインした社員は、実は2年前ぐらいから取引先として関わりがあったんだけど、「2年前と全然違う会社ですね」って言われた。笑
人じゃなくて仕事を見るようにしてるんだよね。とにかく、ヒトじゃなくてコトにフォーカスする。飲み会も昔より減ってるけど、関係性がドライなわけじゃない。
ひたすら全員が「日本で一番期待を超える集団」というミッションに向かってる。
うちの会社はワンプロダクトじゃないから、何を理念にするかって考えた時に、誰かが誰かに仕事を頼むのは、期待する何かがあるよねっていう「商売」の原則そのものにフォーカスしていて。おなかがすいた→おいしいランチが食べたい。っていうのは美味しいと言うことを期待されてるよね。でも僕らのしごとってそれを超える方が楽しいなって思って。自分もそう有りたいし、会社としても期待を超えていきたい。何をやってもブレないのはそこだなって思った。
そしたら、納会の時に、「今月期待を超えた人」っていうのをやり始めた社員がいて、僕だけが言ってたフェーズから、みんなが言い始めた時に、これはハマったな、広がったって感じがした。

訴訟額5000万!お金しか見えなくなった時

ーーそんなに変化があったんですね。でも、、売上が順調な時点でやっぱすごいです。相原さんでもメンタルやられることってありますか?

売上は順調だったけど、3期目にフォントに関して訴えられた事があって、こっちが悪いんだけどさ、その時はやっぱメンタルえぐられたよね。和解になってるんだけどね。
当時、社員がフォントを保管のために一旦FTPサーバーにアップしてしまって、誰でもアクセスできるようになっていた事があって。有料フォントが無料でダウンロードし放題みたいになってたんだよね。それである日訴訟が来て、もう無数に広がってしまっているから、利益分計算して訴訟額5000万って言われたの。
もうなんとか交渉して、わざとじゃないからって謝罪しまくってなんとか交渉して2800万まで下げてもらって和解して。でもね、分割で支払うと、ずっとこの支払いに付きまとわれるのかと思ったら嫌で、ちょうどギリギリお金はあったから、2分割で払いきっちゃったんだよね。
そしたらさあ、お金ないわけ。笑
その時4期目に入るときだったから、満3年の会社から突如2800万円の現金が消え失せるわけよ笑

ーー払うお金あったのがすごいけど、エグいですね、、、それが一気に空っぽになったらメンタルやばいです、私。

ちょうど人を増やそうと思って15人ぐらい社員がいたのに、口座に20万しか無いし。営業で当月の入金を800万ぐらいつくって大丈夫だったけど、内部留保が0になったらさ、銀行借入れがマイナスに転じるじゃない。今までそんなコトなかったから、もうガチのマイナスからスタートになって、マネジメントどころじゃないよね。とにかく金、金、金、金、って丸2年ぐらい僕頭がおかしくなってたと思う
4000万ぐらいのマイナス計上を取り返すのって、なかなか難しい。とにかく戻さなきゃって2,3年頭おかしくなりながらやってきて、解消はしたけど、僕がなんかそういうやり方嫌になったのもあって、経営理念打ち立てたんだよね。2〜3年人が増えたり減ったりっていうのはちょうどこの時期にかぶってる。僕が常にお金の不安しか無いから、そりゃもう最悪な雰囲気ですよ笑

そして、フリーウェブホープは第二創業期へ。

ーー相原さん、めっちゃ格好いいですね。こういうことを話してくれるところも含め、格好いいです。そこから、今のフリーウェブホープはどんなタイミングなんでしょうか?

今第二創業期。でもほんと8年もかけてまだこれか、、、って感じ。
でも、死ななきゃ何でもできるよね。仮にキャッシュ尽きたとしても僕はまだ生きてるしまたやるだけ。色々乗り越えて来て、人もより最適化するために入れ替わったりしているけど、今の形で良かったと思う。ちなみに暗い話になっちゃってるけどここ2年ずっと増収増益よ笑
メンバーも、過去最高にモチベーションが高くって、僕も何かと忙しくさせて頂いて笑
今はほんとに会社楽しい。

ーー次の回で、私達と一緒にフランチャイズとしてルーツ事業に参入していただいた理由などもお話していきたいと思うのですが、相原社長めちゃめちゃ楽しくて、一緒に仕事できて光栄だなって思うのですが、社長の「こういう人と仕事がしたい」っていう基準はあるんですか?

突き詰めると、お互いが得できる人かな?
お金の嗅覚鋭い人はたくさんいるけどさ、たまに自分の利益だけ考えて近づいてくる人っているじゃん、そういう人は嫌だ。「お前しか得しないじゃん」って普通に思うよね。笑
っていうかそういう人は話しかけないでほしい。笑
でもさ、「こういうふうにしたらお互いにメリットがあって良くなると思うんです!」って話なら、逆に「いいよ僕は僕で儲けるから、一緒にやろうよ!」ってなる。利他精神って言うよりも、その人にメリットが有るのは当然の前提だと思っていて、その上に相手のメリットが成り立ってると思うんだよね。
だから実際には「こっちにメリットくれよ」って話じゃなくて、自分にも相手にもちゃんとメリットを見つけて話ができる人は人間的に一緒に仕事したい!って思うかな。


ーーありがとうございました!!相原社長の話は濃すぎて映画にしたいレベルです。笑
次回もよろしくお願いいたします!

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