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経営陣からつなぐ「事業を生み出す」挑戦 ビッグディールに刺激を受け、自ら掴み取った「次なる事業機会」

─ インターンを経てフリークアウトに新卒入社し、2年目にして全社MVPを受賞その後マネジャーへと昇進し、飛ぶ鳥を落とす勢いでキャリアを築いてきた鈴木 司。鈴木がフリークアウトに入社を決めた最大の理由は、「事業への興味」と「経営陣(本田謙/佐藤裕介)の存在」だと言う。アドテクを探究し、挑戦する経営陣の姿に続き、もがきながら行動してきた鈴木の苦悩と成長の軌跡をたどる。


鈴木 司(すずき つかさ)

株式会社フリークアウト 営業本部 本部長 兼 Demand Product Division Division Manager

2014年4月、新卒で株式会社フリークアウトに入社。
アカウントエグゼクティブとして、大手飲料系メーカーや外資系消費財メーカー、化粧品メーカーなど多岐に渡る分野のクライアントを担当。
2015年12月、四半期売上No.1を達成し、当時の最短記録で全社MVPを受賞。
2016年10月、デジタルコンサルティング局 局長に就任。
2019年1月、新卒入社5年目の年に、営業統括に就任。
現在は、営業部門及びデマンドサイドのプロダクトを取り扱う合計6つの部門、約40名の組織を束ねる。


─ 2011年1月、フリークアウトは、インターネット広告のリアルタイム取引(RTB、Real-Time Bidding)を日本で初めて事業化した。新しいイノベーションが起きたアドテクノロジー分野への注目は高まり、急拡大するRTB市場において、フリークアウトはその日本市場を牽引する存在として、急成長を続けていた。しかし、取り巻く環境の変化は激しく、2014年頃から売上の成長ペースに鈍化が見られるように…。新しい風を吹かせなければならないタイミングが訪れていた。

経営陣との「圧倒的な差」に衝撃を受け、強くした意志

僕が入社した2014年、フリークアウトはIPOを控えており、組織の急激なサイズアップなど、怒涛の変化の渦中にありました。

環境についていくため必死な毎日。しかし一方で、成長に停滞が見られるようになった事業のことも気になっていました。

しかし経営陣はとっくに先を見据えて、2013年の下旬ごろからサプライサイド(媒体側)の広告事業の仕込みを始めていました。デマンドサイド専業だったフリークアウトとして、サプライサイドへの事業参入は、大きなスタンスの変更です。

「なぜ今?」「その背景は?」「その後の展望は?」ーーそれを説明する経営陣の言葉は、納得させられるものばかりでした。当時、新卒入社して間もないころの僕は、経営陣の持つマクロな視点を全く持ち合わせていなかった。このとき、経営陣と僕とでは、仕入れている情報量や見ている景色に圧倒的な差がある、ということを目の当たりにし、悔しさや驚きがありました。

その後、サプライサイドの広告事業は成長を続け、大手コミュニケーションアプリ企業とのパートナーシップ提携をするに至りました。2016年1月のことです。

フリークアウトにとってこれはかなりのビッグディールで、発表を受けたときの衝撃は忘れられません。経営陣の凄さをまた実感した瞬間でした。僕には見えていなかった景色から未来を予測し、その未来に向けて、先陣を切って事業を推進し、会社を大きく前進させるような提携を結ぶ。そんな経営陣の姿を見て、いつか自分でもこんなディールを獲得したい、という気持ちを強くしました。

「売上はすべてを癒す」を知った瞬間

そのビッグディールが成立した2016年までの1年間は、僕が初めてぶつかった大きな壁と格闘していた時期でもありました。業績が芳しくないDSP事業チームのマネジャーを務めることになったのです。

当時のチーム内では、組織の制度や文化が定着しなかったり、人事評価に納得がいかないなどの理由から、メンバーから不平不満が出てきたり……。

組織がぐちゃぐちゃの状態で、業績も上がらなくて、どうしたら回復するのかと悩んでいたんです。人事制度やメンバーのキャリアについて、日々考えを巡らせていました。

ところが、大きな事業提携をきっかけにDSP事業の業績が急激に伸びはじめると、メンバーからネガティブな意見が出なくなったんです。元から抱えていたさまざまな課題が解決されたわけではないのに、です。

結局「売上はすべてを癒す」のだなと実感しました。あの手この手でマネジメント手法の改善案を考え実行してみたけれど、必要なのはそんな小手先の工夫ではなかったんです。

組織の丁寧なマネジメントや社員満足度の高い人事制度の整備が、必ずしも業績向上に結びつくわけではない。自分自身が抱いていたマネジャーとしての“当たり前の仕事”が覆され、思い上がっていた自分が恥ずかしくなりました。

でも少し時間が経ってから冷静に考えてみたとき、妙に納得感が生まれたんですよね。事業は伸びていてメンバーも満足そうに働いているのに、僕だけがマネジメントの在り方を覆されて悩んでいる——それって結局、“自分だけが主語”の目線で物事を見ている証だなと。

あれは「マネジャーである自分の役割」に主眼を置きすぎたあまり、ぶつかった壁だったのだなと今なら理解できます。


「次は自分自身で」会社を大きく前進させる事業機会の創造

その後もう一つ、自分自身が大きく変化したタイミングがありました。大手企業とのパートナーシップを締結して、1年半ほどが経った2017年中旬ごろのことです。パートナーと共に事業を推進したことによって、会社の業績は一気に向上し、メンバーの士気もますます上がっていました。

ただ僕は、メンバーや会社全体の高ぶりとは裏腹に、ある疑問を抱いていました。「将来の提携関係について確実なことは誰にもわからないのに、このままで良いのか?」と。業績が良好なうちは、未来の停滞のことって考えにくいですよね。「今のいい状態」が、ずっと続くように錯覚してしまう。そのくらい、事業は順調だったんです。

ただ、FacebookやGoogleなどが歩んできた歴史を例に挙げて考えてみると、初期の事業加速のタイミングでは優秀なパートナー企業と提携し、事業拡大に伴い内製化していく、という動きをとっています。

つまりこの提携も、そう遠くない将来に終わっていく可能性があるのでは、と仮説を立てたのです。だとすれば、新たな事業としてどこにピン立てしたほうがいいのだろうか、と考え始めました。

入社1年目で痛感した、経営陣との目線の違い。そして彼らが仕込んだ新事業の成長と、その後の提携による、業績や働く人へ与えるインパクトの大きさもつくづく実感していました。 そして入社4年目、営業局長として向き合ってきたDSPのプロダクト価値を2倍、3倍にするような事業機会を、今度は自ら生み出したい。経営陣が仕込んで生み出したものから学び、自分自身でもチャンスメイクしたい、と思ったんです。

そこで僕は自ら、事業開発にチャレンジすることにしました。マネジャーとしての役割に加え、営業部の中でBiz Devと名乗って動き始め、新しいプロジェクトを獲得できるようにと奔走しました。

マーケットを観察しながら、「どう動くべきか」、「アライアンスを組むならどこがベストか」と悩みながら、仮説検証を繰り返していきました。グローバルではGAFAを中心に、日本では広告代理店を中心に垂直統合が加速し、インデペンデントなDSPは元気がなくなってきている。そんな中でフリークアウトはどう事業展開すべきなのか、向き合い続ける日々でした。

また、このころから本田や佐藤に、1on1をお願いするようにもなりました。僕は、インターン時代から、たまたまオフィス内で会話できる時間、一緒に飲みに連れて行ってもらえる時間、そういった偶然の機会も全て利用して、経営に関して知りたいことはどんどん本田や佐藤に聞いていました。

宇宙的な発想を持っている本田との壁打ちを通し新しいアイデアを得たり、事業を伸ばして大きな提携を獲得した佐藤から実際の経験を聞くことで、事業創造のノウハウを学ばせてもらいました。

そして2019年9月、事業開発のチャレンジを始めてから約2年を掛けた成果の一つとして、フリークアウトと在京民放5社が共同で開発・提供する「TVer PMP」を、10月には「Red」とのRTB接続を発表することができました。

経営陣は、少し先の未来ではなく、10年、20年……もっと先の未来を見据えて事業を考え、動いています。僕はその狭間で、会社を大きく前進させるための小さな未来を作りたい。そう思い試行錯誤して、今回そのきっかけとなる成果を作れた。この経験は、大きな自信になりましたね。

僕は、これからもっとやっていきたいことがあるので、今も他のチャレンジを続けています。経営陣の本田や佐藤がつくってくれた過去のチャレンジが、僕のチャレンジに繋がった。僕が今回のチャレンジで獲得したプロジェクトは、今のメンバーのチャレンジとなる。

今後、僕がチャレンジを続けることはもちろん、新たなチャレンジをするメンバーも増やしていきたい。そうやって、数珠つなぎにチャレンジを続けていきたいと思っています。


─ 若くしてマネジャーとなり、誰よりもフリークアウトらしさを体現する鈴木は、いつだって自ら答えを模索し、導いてきた。それは事業開発だけではなく、彼が実践してきたマネジメントにも色濃く現れている。

20代マネジャーとして「自分をアップデート」するために

プレイヤーからマネジャーへと役割が変わって、早3年。マネジャーとしてとくに意識しているのは「とれるリスク許容値の中で、最大限権限移譲する」。対等な関係のまま、バランスを取りながら仕事を任せられるように、と常に考えています。

そのために実施していることの一つが、入社から半年の間、週次で行なっているメンバーとの1on1です。そこで意識しているのは、メンバーが話してくれたことの記録をすべて残し、改善を重ねながらコミュニケーションを取ること。

成長フェーズにあるチームでは、一人ひとりの語る言葉が週次で変わっていくものです。そのログを残すことで、過去と現在の考えの変化、成長の軌跡が自ずとみえてきます。

心境やモチベーションの変化も顕著にあらわれるので、「昔と比べて、随分と発言が変わったよね。どうしてだろうね?」と、一緒に振り返ることもできますし。ただ近況や悩みを聞くだけでは1on1とも、マネジメントとも言えないと思います。

僕が発する言葉によって、メンバーが返してくれる言葉も大きく変わっていきます。「本音を言ってほしい」と嘆くのではなく、本音を語りやすい話し方や言葉はどんなものだろうかと、僕自身もアップデートを重ねてきました。

多様なメンバーをマネジメントをするうえで、20代という年齢的にも、ビジネスマンとして経験値が足りないと感じたこともあります。

だから僕、何十人もの転職エージェント、ヘッドハンターの方などと会いまくっていた時期があったんですよね。多くのビジネスマンと接している職業の人たちなので、キャリアの形成方法など、すごく参考になる知恵をたくさん持っているんじゃないかと考えたんです。

加えて、業界内で、自分が人材としてどれほどの市場価値をもっているのかを知る目的もありました。経験が足りない分は、そうやって一つひとつ、自分自身で埋めていくしかないじゃないですか。

フリークアウトには“Dance First(誰もやっていないことこそ一番にやろう)”というコーポレートバリューがあるんです。正解を探してくるのではなく、正解を自分自身で作っていく感覚だなと。

王道の「マネジメント論」は世の中にあふれているけれど、その枠の中でうまく立ち回ろうと思ってもうまくいかない。特にフリークアウトのメンバーはみんな個性的だし多様性があるから、必ず成功するマネジメント手法なんてありません。だからこそ、正解を作るために僕自身も“Dance First”を意識しています。


会社を主語にすることで見える「進むべき道」

僕は自分のことを過信せず、むしろ常に俯瞰して批判的に捉えているタイプだと思います。だからいつも「本当にそれで大丈夫なのか?」「その選択でいいのか?」と、自問自答を繰り返してきました。

何かに悩んだときはその原因を突き詰めるし、どうしたら解決できるのかを徹底的に考える。自分に問いかけることをやめないからこそ、納得した解を都度見つけてこられたのかなと思います。

とはいえ、マネジャーとしての悩みが絶えなかった時期もありました。どんなに自分に問いかけても、うまく答えが出ないことも多かった。でも「自分」を主語にするのではなく、「会社」を主語にして考えるようになってから、悩むことも随分と少なくなりました。

自分の成長と会社の成長は、必ずしも一致するものではないですよね。だから会社が急成長していく裏側で、自分自身のあり方やスタンスに頭を抱える人も多いと思うんです。

でもそうした課題感はすべて、事業に貢献するために抱いているもの。だから僕は常に「長期的に考えたとき、それは会社がHappyになる選択であるか?」と、自分にも、メンバーにも問いかけています。僕一人だけでは答えが出ない問いだとしても、会社を主語にすることで、進むべき道が見えてくる。

事業のフェーズや会社の置かれた状況によって、考えるべき“Happyな状態”は異なります。それを常に客観視し冷静に見つめることで、見出すべき答えにたどり着けるようになっていくのだと思っています。

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