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ぼくらの100日間戦争~第四章「人はいかにして救われるのか?」

※この記事は、フローレンス みんなで社会変革事業部 広報マネージャーの岡水恵弥が、個人ブログにて発信した内容の転載です。新型コロナ緊急事態下でおこった緊急支援活動現場での様々なドラマ、裏舞台を個人的記録として1話1テーマ形式で残すものです。

前回まで:プロローグ第一章~たたかいの定理第二章~あなたの声が爆速で国を動かす第三章~命がけの最前線と、経営陣の涙

家出しちゃうくらい精神崩壊・・・

先日2020年6月16日、3ヶ月ぶりに職場に出勤しました。小学生の息子2人の通う小学校の休校期間が明け、子どもがようやく登校できるようになったからです。

電車に乗ったのも3ヶ月ぶりでした。

緊急事態宣言中、たった一度だけ電車に乗ったのは、人生ではじめて家出をした時でした。「もうムリ。家、出ます。」在宅での仕事と育児の両立に行き詰まってしまい、夫にLINEしてから携帯を切って電車に飛び乗ったことを思い出します。


プライベートが人生最大のピンチを迎える一方、職場では、組織史上最大規模の全国緊急支援プロジェクトが爆裂に進行しておりました。

この3ヶ月で、フローレンスの「新型コロナこども緊急支援プロジェクト」の活動では、障害児、ひとり親の世帯など全国約12000世帯以上に個別の緊急支援を届けました。また、全国各地でこども達の医療を支えるNICUやこども病院への医療物資も配送し、非常に喜んでいただきました。


医療物資の配送や食料支援、物品寄付と現金寄付の受付といったプロジェクト運営のオーナーとなっていたのが、「みんなで社会変革事業部(寄付・広報の部門)」という私の所属する部署です。

私は広報責任者としてプロジェクトの全体把握と広報企画、ナショナルクライアントの法人企業対応や各部門との連携を担当していました。

緊急支援が必要なのは・・・ワタシ!?

私の緊急事態下の働き方は、完全フルリモートで小学6年、2年の元気盛りの息子たちも完全在宅の状態でした。
夫の会社は通常通りの勤務だったため、毎日夜21時頃までワンオペ環境

(シングルマザーのご家庭の苦労が本当に実感できた3ヵ月でもあります)

3月から学校休校と共に塾や習い事も全てなくなり、子ども達も急遽始まった非日常にどう過ごしていいかわからない様子でした。もちろん、外出も控えていました。

最近YouTubeで軟禁サバイバル系の企画が人気ですが、3ヶ月の【フルリモート勤務withキッズ@狭小住宅100日生活♪~コロナ明けまで出られまテン】・・・て、コレ誰がおもろいねん!!と思いましたね。


仕事については、先ほどご紹介した通り、緊急支援活動関連で業務は倍増、新年度による体制関連の整備、マネジメントラインの業務などで全く余白がない状態。

ミーティングは減らしても減らしても雨後の竹の子…!就業時間の全てがミーティングで埋まります。

オンライン環境になり、テキストコミュニケーションも膨大で、片時もパソコンから目を離せない毎日でした。


元気いっぱいの息子達は、仲良くキャッキャしてるかと思えばふざけに発展し、そのまま喧嘩にエスカレートし弟が泣くか、お兄ちゃんがひっかかれて流血、みたいのを1日中エンドレスでやってます。

仲良く静かにしているのは、動画やゲームの時間だけ、という典型的なやつ。机で勉強させるとか全然ムリ。(6年はとにかく2年の方はまだ付いてないとできない)



もともとお友達と遊ぶのが大好きで、学校や部活のサッカーで燃料を使ってくるタイプの兄弟。
在宅では遊び人数が常に足りないので、「ママ、あーそぼ」「ママ、一緒にやろうって」「ママ、早くこっちきて!(怒)」と、私を遊びのメンバーにカウントしているのでした。

いま思えば、私は子どもが目の前にいるのに、関われないことに最も心が削られていたと思います。


↑子どもが隠し撮りしてた私。怖い顔ですね。

勉強を見てあげたり一緒に遊んだり声をかけたりしたいのにできない、という環境がすごくツラかったです。

音声ミュートでミーティングに参加していても、本当は同じ部屋で子どもが喧嘩して泣き叫んでいたり。

お昼ごはんも一緒に食べられない日や、作る時間がとれず「自分たちで買ってきて」とお金を渡した日は、ここまで子どもに負担をかけてやる仕事ってなんなんだろう?と自問自答しました。

そんな日々を送っていて、ぼんやり思いました。

今、自分は被災者なんだ。コロナ禍の影響をモロ受けてる被災者だ、と。

被災当事者が、被災者を支援するためにボロボロになっている・・?


コロナ禍ではフローレンス社員もみな被災者でした。子育て中の社員も多い組織なので、仕事と緊急事態下での家庭運営との板挟みに悩んだスタッフも少なからずいたと思います。

被災しながら、被災者支援

このようにツライ状況が続き心身は疲弊していきましたが、夫とは平日会話時間とれず&土日は子ども達のケアに夫婦で追われて相談できる時間はなく寝てしまう・・

今日はどうやって過ごしたらよいだろう。朝が来るのが怖いと思うような感じ。この感覚、前にも経験しているなと思ったら、10年前の育児休暇の時だったと思い至りました。

つまり、孤立感が精神を不安定にしていくあの感じです。(経験ある女性、いると思う)


鬱々をためてはいけない。業務はオンラインだから、テキスト上明るくふるまうこともできるし。それから、子どもたちが有意義に過ごせるよう知恵を尽くしてなんとか乗り切ろう。

人が来ない公園で子どもを遊ばせながら、外で仕事をしたり



家の中にテントを張って環境を変えてみたり

男児が同じ空間にいるとロクなことにならないので、押入れにドラえもん風の部屋を作って隔離したり


小6息子の親友とzoomつないで毎日勉強時間を一緒にしたり



富山の祖父母に遠隔で勉強見てもらったり


「人生ゲーム」は自分のルーレットターンまで、業務チャットが打ち返せるのでいいなと思ったり
遊ぶのに時間がかかる素敵なおもちゃやアクティビティを投入してみたり
今思うと、痛々しいまでの努力とアイディアを尽くしました。

この団体の広報として私がずっと夢見てきたことは、フローレンスが国内親子領域において、日本で一番課題解決力のある団体になること。

「こどもの貧困」や「こどもの虐待」をゼロにする、という大きな全国イシューを解決するために、社会の価値観をアップデートし、国の制度と仕組みを変えていきたい。それを現実にできるのはフローレンスではないかと思っています。

フローレンスがそのような団体になるために、私たちの部署では3カ年から5カ年の中長期プランをたてていましたが、期せずして「コロナ」がやってきました。

コロナ禍の親子にアウトリーチ(福祉をこちらから届ける)していくという切り口で、全国家庭向けに実施したアンケートや緊急支援活動がたくさんの方に知っていただける機会となり、寄付を通じた応援も協働先もかつてない勢いで拡大していきました。

夢見てきたことが現実味を帯び、全国にスケールしていく現場を見てるのが嬉しかった。
「子育て家庭のリスクを防ぐ活動が全国規模でできる」「不安な環境にいる親子にちゃんと支援が届く!」

いち仕事人として、最前線の景色を見ていたいという完全にエゴが働いていたと思います。

しかし、被災者としての私はダメージを受けており、本当はとても被災者支援を続けられる状況ではなかったのです。

被災者としての私が救われた瞬間

その日ぐらしのアリエナイッティばりに疲労が蓄積していき、ほどなくして私は力尽きたようです。

駒崎さんを含むフローレンスのメンバーとオンライン飲み会があって、ある夜の私はなんかめちゃめちゃに酔って号泣していたらしいです。


(これは別の時のオンライン飲みの様子)

スキマ時間を使い、再三つらい現状を訴えているつもりなのに、働く環境を含めコロナ以前から変わらない生活である夫と、どうしても温度感が合わない。私がそれにわだかまって、相手に歩み寄れないでいたこと。

子ども達が自分の仕事のせいで、廃人化しているような気がすること。なんとか立て直したくて焦って強く叱責することが多くなり、不安であること。

多分そんなことを涙と共に吐き出していたのではないかと思います。
その夜はディレクターマネージャー陣が揃った飲み会だったと思いますが、夜中日付が変わっても、みんな親身に聞いてくれたことは覚えています。

フローレンスのビジョンは「みんなで子どもたちを抱きしめ、子育てとともに何でも挑戦でき、いろんな家族の笑顔があふれる社会」を実現することです。

でも、そんな社会を作りたいと思っている当人の私から、笑顔が消えて大粒の涙がこぼれていたんです。


ディレクター、マネージャー仲間の皆さんから、個別に連絡が入ったりちょっとしたミーティングの合間に声をかけてもらうようになりました。

「えみりーよくがんばってきたよ。」

「今は緊急事態。自分のことも夫氏のことも、全部いったん許そう。」

「派遣が可能なレスキュー隊員さんをえみりーの自宅近くで探してみるよ」

「第三者に話を聞いてもらうのも。信頼のおけるカウンセラーさんを紹介するよ」

直属の上司である駒さんの動きも、鮮やかでした。夜中のオンライン飲み会の明くる朝には、

「どうしたらこの環境を変えられるか、一緒に考えよう」と連絡がきました。課題解決のプロフェッショナルは、何が原因か、変えられることはなにか?を整理していきました。

チーム全体のパフォーマンス(スピードや精度)が落ちないよう、早めに白旗をあげるべきだったと反省しました

具体的には最も心理的ストレスの原因になっていた連続ミーティング状態を解消すべく、参加を最低限にさせてもらい、信頼するサブマネージャーの和歌子ちゃんを中心に、権限も判断も意識的に委譲してお任せしました。

チームメンバーは、皆2つ返事で助けてくれましたし、お互いの心身を常に気遣って過ごしました。


ちゃんと時間をとって、夫にもツライ状況を伝えました。孤軍奮闘に精神がまいってしまったこと、子ども達のために週の1日でもいいから在宅勤務ができないか?など具体的にヘルプの要請を。

子ども達も自分のことは自分でやろうと意識するようになり、少しずつ家庭内の雰囲気も変化していきました。


「つらい」が言えて、それに誰かが反応して助けようとしてくれた。そして目の前の現実が変化した。

救われる経験をして、本当に「人の助けになる」ことの意味がわかった気がします。

人が救われるということは

フローレンスの緊急支援活動の認知が拡大するにつれ、広報窓口には親御さんからの悲痛な連絡が入るようになりました。

仕事を失いました。借金もあってこどもと今日死ぬか、明日死ぬか。
食べるものにも困っています、助けて下さい。
母子家庭です。休業要請で仕事禁止となりましたが非正規なので全く収入がなくなりました。子どもも休校で給食がありません。すがる思いでこちらにたどり着きました。
シングルマザーです。コロナの影響で休職となり、なけなしの貯金を切り崩しています。食事も自分の分は減らしています・・・

※もちろんお問合せ原文ままではなく、イメージです

こうしたお問い合わせに、フローレンスでは連携の団体を紹介したり情報提供をしたり、一時的に食料支援を行ったりしています。

私はこれまで、一時的な支援は本質的な解決にならず支援側の自己満足で終わらないのか?と懸念していました。

だけど、支援を届けたご家庭からは丁寧な御礼が寄せられます。

このたびのご支援を心から御礼申し上げます。
大変なことや不安なこと辛いことはありますが、顔も知らない遠く離れた場所にいる私たち家族に、あたたかい言葉をかけて下さり救われました。
子供たちと一緒に前を向いて生きていける気がします。

※返信はイメージですが、こうした御礼が数多く届きます

こども宅食事業部で、そうした食料支援の窓口を担当している新卒入社2年目のあかりんちゃんが、教えてくれました。

「えみりーさん。私もこれまで一時的な支援について、自己満足で中途半端な支援になるのではないか、など様々葛藤がありました。

でも、宅配する食品自体ももちろん活用して頂ければ幸いですが、自分が声を上げて誰かがその声を拾って支援してくれたという「経験」が私はとても大切なのではないかと思っています。

中長期的な支援や本質的な課題解決はできず、ここでクローズになってしまう心苦しさもありますが、この「経験」がきっとまた次の「助けて」の声につながればいいなと」

”一人で頑張りすぎて疲れてしまった。”

”今の状況が不安!誰か、助けて。”

それをちゃんと発信して、受け取ってもらえたという経験とほんの少しでも目の前の現実が変化するという体験をきっかけに、前を向くことができるんだと思います。

人を助ける、人が救われる、支援するというのはそういうことなんだ。

ひとりじゃない、共に生きよう

「お前にサンは救えるか(モロ)」

「わからぬ。だが、共に生きることはできる(アシタカ)」

ジブリ好きなので、むりやり引用の感が否めませんが・・
ひとりで生きているんじゃないって分かった時、人は救われると思いました。

NPOの現場で働きながら、自分が助けられて生きていることにずいぶん無自覚だったなあという反省を込めたエントリーでした。

これからも、日本の親子が誰一人孤立しない国にするために、頑張りすぎず頑張りたい!まずは自分の家族の笑顔を守らなきゃ。

次回は、「寄付金を人件費に使わないで?!の苦悩」

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