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挑戦することに臆病だった僕が、KiteRa 2人目のエンジニアとして働く理由


こんにちは、カルチャーデザインを担当しているふじだてです。
今回は、プロダクト愛溢れるKiteRaのテックチームの2人目のエンジニアとして活躍している鎌田さんの「KiteRaで働く理由」をお届けします!

KiteRaに入社する前は挑戦することに臆病だった鎌田さんが、どのような歩みの中でジョインし、「みんなでモブ(プロミング)しましょう!」と言えるほど周りにオープンになることができたのか、その心をインタビューしました🌸

まずは簡単に自己紹介からお願いします!

こんにちは!KiteRaでエンジニアをしている鎌田です。
メンバーには、かまD、D(ディー)などと呼ばれています。
2020年6月末に業務委託として参画し、8月1日に正式入社しました。
趣味は筋トレです。最近はちょっとサボリ気味ですが...。休日はゲームをやったり、YouTubeを見たりしています。

大学は当時、ガンダムが好きで、将来それに近いものを作りたいと夢見て、設立されたばかりのロボット工学科の2期生として、入学しました。大学では、機械工作やCAD設計、電気工学、情報工学などをやっていました。その中でも特にソフトウェアを作ることが楽しく、今やっていることにも繋がっているのではないかと思います。

大学でロボット工学を勉強されて、卒業後どのような歩みをされたのですか?

実は、就活を真剣にしておらず、その時の流れに身を任せていた感じでした。ちゃんとやらなきゃいけなかったんですけどね...。
しっかり向き合えないまま卒業直前までいってしまったのですが、偶然にも研究室の先生から紹介してもらい、リファラルという形で入社先が決まりました。

そこは受託で、主に工場で使用されるシステムを作る会社で、新卒から7年半エンジニアとして勤めました。具体的には、工場の生産管理に利用するシステムを、客先の工場に納品していました。出張が多くあり、システム納品時には、日本各地の工場へ短くても1週間、長い時は1ヶ月半ほど行っていました。お客さんは、紙や香料、お札を作る企業が主でしたね。

そこでの仕事を一言で表すと、「レガシー」
お客さんが工場だったということもあるのか、かなりレガシーな技術や開発手法でした。例えば、プログラムのバージョン管理がなされていなかったり、テストコードやコードレビューの文化もありませんでした。ですが、客先打合わせからシステム納品までの一気通貫した経験ができたことは、とても感謝しています。

そんな中、30歳を節目にしてこのままこの会社にいて安定を求めるだけでいいのかと考えるようになりました。今までの人生を振り返ってみると、挑戦という挑戦をしたことがないことに気付き、人生チャレンジしたい!と一念発起し、退職することにしました。


30歳の節目で長年勤めた会社を辞めることは思い切った決断ですね。チャレンジを選択される姿勢、素敵です!退職後はどのように過ごしていたのですか?

しばらくは休憩することにしたんです。
辞めた当初は、フリーランスエンジニアも一つの手ではないかと考えていました。しかし、当時の僕はレガシーな技術しか持っていなかった。その上でのフリーランスの働き方は、スーツを着て客先に常駐して... 結局、以前と同じことの繰り返しになるだけだろうなと思い、休む時間を取ってその後を考えることにしました。

そこで日本各地に旅行に行きました。北海道から沖縄まで国内を見て回りながら、色々なことを考えました。どこに住んで、どこで働こうかな?など考えを巡らせたのですが、結局相変わらず関東に住んで働いてますね(笑)

旅行もして、沢山考えて、「やはりエンジニアの仕事をしたいし、チャレンジし続ける人生でありたい」と自分の中で府に落ちた感じがありました。なので、これまでの知識や経験を引きずらず、ゼロベースで新しい言語や技術のキャッチアップを始めることにしました。具体的には、Ruby、Python、AWS、Docker、CI/CD技術などをひたすら勉強しました。

そして、ポートフォリオとして空に関するアプリを作りました。言ってみれば、空のSNSです。写真を投稿して、記事を書いて、他の人にコメントやフォローなどができるようなものに仕上げました。昔からボーッと空を眺めるのが好きだったので、自分と親和性の高いアプリになったと思います。
何もかもが初めての経験だったのでしんどさもありました。ですが、アプリの名前やロゴなども自分で一から考えて、ちょっとずつ形になっていくのは、楽しかったです。
作ること自体やエラーの対応は、言語や技術が違えどこれまでも経験があり、なんとか自分で解決できたのですが、世の中に見えるようにリリースする作業は経験したことがありませんでした。分からないことだらけで辛さもありましたが、時間をかけて調べて、試して、毎日少しずつ前進していきました。出来上がった時は、一人ガッツポーズをしたのを覚えています。

そしてポートフォリオが完成したことを機に、転職活動をスタートさせました。


ひとつの作品を形にして世に送り出すことは自信に繋がりますね!転職活動では何を軸にされ、どのようにKiteRaと出会ったのですか?

今まではお客さんに頼まれた物を作る受託系だったので、自分でプロダクトを作る機会を得たいという思いがあり、自社プロダクトを作っている企業という軸で仕事探しをしていました。

そこで、勉強した新しい技術をキーワードに検索していたところ、たまたまWantedlyでKiteRaの募集を見つけました。「2人目のエンジニア」「ほぼ創業メンバー」のキーワードが目に留まり、社内規程というニッチなところを攻めているのも面白いと思ったのを覚えています。昨今の働き方改革やコロナ禍もあって伸びる業界で、少ないメンバーの中で会社作りをするのも良い経験ができそうだなと思い、応募したんです。

代表の藤田さんとカジュアル面談をすることになったのですが、自分自身が打ち解けて話せたことに驚きました。正直、それまでの他社との面接はかしこまった感じで上手く話すことができなかったので、これは嬉しいことでした。

他のエンジニアも交えて面談をした際も、ポートフォリオで使用した技術や、新しい言語のキャッチアップの心配はないか?など、優しく聞いてくださいました。その時もやはり、話しのしやすさに魅力を感じました。

その後、KiteRaにジョインされたんですよね。鎌田さんにとって印象に残っているエピソードなどはありますか?

メンバーと一緒に、日本地図の顧客がいる県にシールを貼ったことが思い出深いです。
当時いたメンバーが、日本地図をオフィスに持ってきてくれて、受注した顧客がいる県にみんなでシールを貼ったんです。ちなみに、僕は秋田県に貼りました(笑)
全社で一丸となって、皆で一緒に事業を推し進めていることを感じられたことが嬉しかったです。
僕はお客さんのことを意識してプロダクトを作っていきたいという思いがあるので、シールを貼った所に本当にお客さんがいるんだなぁと、その時実感しましたね。


お客さんをリアルに感じる体験をメンバーと共にできたのは嬉しいことですね。テックチームとしては、ジョイン後の変化はありましたか?

変化は大きくありました!
当初は2人体制のフルリモートだったのですが、今では5人体制で週2日は出社しています。

2人から5人になる過程でも色々ありましたね(笑)
新しい技術を勉強するために見ていたエンジニアYouTuberさんや元マネフォのスーパーエンジニアさんが業務委託として参画してくれたり、遅れていたプロジェクトを4日間で片付けるスーパーエンジニアがCTOとしてジョインしたり。

フルリモートで開発をしていた時は、質問したいことがあっても遠慮してしまうところがありましたが、今だとそれは全くありません。エキスパートなメンバーに恵まれ、尚且つ人も優しく、頼りになる存在がいてくれる影響が大きいです。

あとは、KiteRaのテックチームは採用候補者さんが急にオフィスに来てモブプラミングに参加できるくらい、なんでも受け入れるチームです。モブはとても楽しいです!エンジニアとしてまだまだ分からないことも多く、自分から開発のリードは中々できていないですが、自身が爆速で成長できていることを実感します!

僕にとってテックチームとは、KiteRaの受け皿のような存在ではないかと思っています。色々チームがあるけれど、多様性を受け入れる姿勢・懐の深さがある。なので、気軽になんでも言ってきて欲しいなと思っています。
「みんなでモブしましょう!」

広い心でKiteRaを包み込んでくれるテックチーム、いつもありがとうございます!最後に、今後KiteRaでどのような方と働いてみたいですか?

年齢性別問わず、何かに「挑戦してみたい!」と思っている人と一緒に働けたら嬉しいです。今のKiteRaも色んなことに挑戦してみたい!というメンバーが揃っています。でも、日々の業務をこなしているとルーティンになりがちだったり、最初の熱量が落ちてきちゃうなと自分でも感じています。そんな時にまた新しい風を巻き起こしてくれる人が入ってきてくれたら、みんなの熱量も高まりますよね。

挑戦したい心・熱量がある方をお待ちしております^^

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