1
/
5

勝つまで戦えば負けはない。「絶対無理」と笑われた男が全社MVPを掴むまで

2020年10月、コンサルタント歴3年目にして初の全社MVPを受賞したのは、FLEXY部の張良介。

彼は頼りないし泣き虫だけど、みんなからとびきり愛され、全社員から「ちょれい」と呼ばれている。
そんな「ちょれい」が“ MVP受賞 ”という一つの大きな夢を叶えるまでの、不甲斐ないほどリアルな軌跡をインタビュー記事にしました。

自分が何をしたいのかわからない。何もできない自分が嫌だ。
誰もがぶつかるいわゆる「成長痛」のような感情に、もがきながら向き合い続けた男の話です。


1.社会人になって1週間目、会社を辞めました。

張良介|FLEXY部 コンサルタント
大阪府出身、大学卒業を機に上京。新卒で営業代行会社に就職したが3日で自主退職。その後、フリーターとしてカフェ店員のアルバイトを経てSES企業で2年間勤務。2018年2月にサーキュレーションに入社し、FLEXY部でコンサルタントを務める。あだ名は「ちょれい」であり、某有名卓球選手の名ゼリフにちなんで付けられた。


ーー 10月度「MVP賞」受賞おめでとうございます!MVPを取るまでの軌跡について聞きたいので、これまでの経歴について教えてください。

ちょれい:
ありがとうございます。今振り返ると昔は人にお話できるようなものではないので...そんな僕でも変われるんだってことをお伝えできれば嬉しいです!

ーー そうなんですか... 楽しみ半分、不安半分になってきました(笑)学生時代はどんなことをされていたのですか?

ちょれい:
大学では服飾サークルの会長をやってました。服を作って自分のブランドを作るのが夢でした。「大学をやめようかな?」と思うくらい服にのめり込んだのですが、ファッションショーを主宰する学生団体との出会いによって、本当に服が好きな人たちと自分とではレベルの違う、ここまではなれない、そう思って諦めました。

ーー 夢破れてその後はどうされたのですか?

ちょれい:
超田舎者の考え方だけど、情報の最先端は東京だろうと「とにかく東京に行きたい」と考えるようになりました。服を作りたいという夢に破れた絶望の中で、夢探しの上京です。

その頃は自暴自棄になっていたので、「どこでもいいから就職しよう」とたまたま内定をもらった大手の営業代行会社に入社したのですが、即退社です。その記録なんと、3日です(笑)

ーー 1週間・・!?!?

ちょれい:
入社式の後の鬼の研修に耐えられませんでした。

ーー なるほど(不穏な空気になってきたぞ)。その後はどうされたのですか?

ちょれい:
中野のカフェでラテアートしながらバイトリーダーやってました。夢を追いかける若者に混じって、とりあえず遊んでました。東京で遊んでいるのがとにかく楽しくて、その時は何も考えずに人生をただ過ごす日々でした。

ーー 都会で自由を謳歌するような毎日を送っていたのですね。そこから再就職しようと思ったのはなぜですか?

ちょれい:
きっかけは父の体調不良で久しぶりに実家に帰ったことです。今思えば当たり前ですが、親もずっと元気なわけではないと理解しました。

そして「いつまでこんなことやってるんだろう」「このままの自分ではダメだ」と、一念発起して、再就職を決意しました。

ーー その後はどんな会社に就職したのですか?

ちょれい:
とにかく真面目に正社員として働こうと実家から帰宅したその足で再就職先を探して、SES(システムエンジニアリングサービス)の会社で営業職として働くことになりました。

ーー 以前の会社はすぐ辞めてしまいましたが、この会社ではポジティブに働くことができましたか?

ちょれい:
一応同期の中では成績は良かったんですが前向きに働くことができませんでしたね。

入社前に想像していた世界と違う現実があって、心からエンジニアになりたくて入ってきた人もエンジニア職ではなく全然違う仕事をやらなければいけない。若手は開発案件をやりたくてもさせてもらえない。そんな職場でした。

ーー 入社前に想像していた仕事内容やキャリアパスとは違うものだったのですね。他にも何かネガティブなことがあったのですか?

ちょれい:
夢を追ってる人って「大人になりたくない」ってよくいうじゃないですか?夢や目標が無く、ただ毎日をやり過ごすような「大人」。その頃はまさにその言葉が指す人しか周りにいませんでした。

そして、仕事に誇りも持てない中、僕自身もそんな「大人」なっていく恐怖を感じてました。ひたすら偉い人に頭を下げるような日々を過ごし、環境を言い訳にしてるだけで結局は自分も同じなんですよ。
この経験が反面教師になっていて今のキャリアにも繋がってます。


2. 半年以上続いた、営業成果「0円」という現実。

ーーそこからサーキュレーションに入社したきっかけは何だったのですか?

ちょれい:
友人がたまたま「この会社いいから話聞いてみたら?」と教えてくれたのがサーキュレーションでした。当時開催していた採用イベントに参加して、久保田さん(代表取締役社長)の話を聞いた時、「この会社しかない」ってビビっときてからは一直線で選考を受けました。人生で初めて「この会社で働きたい」と思ったのがサーキュレーションでしたね。

ーー 今まで働くことに前向きではなかったと思うんですが、なぜ気持ちの変化が起こったのですか?

ちょれい:
サーキュレーションで働いている人たちが今まで見てきた大人と全く違ったからです。明らかに違う何かを感じ取ることができて、ここでだったら自分を変えられるかもしれないと思いました。

ーーそんな出会いは素敵ですね!特にどなたが印象に残ってますか?

ちょれい:
今FLEXYでお世話になっているジョニーさんこと柳田直人さん(FLEXY部 執行役員)です。FLEXYが創りたい世界について真っ直ぐと熱く語ってくれたことは今でも覚えています。

でもここだけの話、第一印象は「見た目以上に声高いな」でしたけど(笑)

ーー それは何も言えないです(笑) サーキュレーションにはFLEXYコンサルタントとして入社したんですよね?入社当時はどうでしたか?

ちょれい:
はい。前職でエンジニア業界の経験もあったので、入社して2ヶ月目で初めての契約をいただくことができました。その時は「全然行けるじゃん!」て高をくくっていました。

でもその後、7ヶ月間営業成果はゼロ。契約直前で「やっぱりやらないです」と言われてしまうこともありました。自分の提案内容に自信が持てなくなり、根拠を持ってお客様の背中を押せずにいる。そしてただひたすら時が過ぎ去っていきました。

ーー ちょれいさんにとって闇の時代ですね。この頃はよく泣いていたとも聞きましたが。

ちょれい:
そう、まさに闇の時代。ぶくぶく太っていって、気がついたら10キロ以上体重が増えていました。食しか僕を満たしてくれるものはない。毎日仕事行きたくないし、成長が無ければ成果も無く、毎月末にチームのみんなの前で泣いてました。

自分への悔しさと、契約をいただくことの難しさ、そしてそんな僕でも信じてくれる人がいたことに対して申し訳ない気持ちで涙が止まらなかったです。

ーー1週間行方不明になった、という話も聞きましたが・・。

ちょれい:
うわ、その話はめっちゃ言いたくない(笑)

成果を出してる先輩から、昔うまくいかない時に仕事を放棄して沖縄に行ったっていう話を聞いたことがあって、それに憧れてて・・。全てが嫌になってを放り出して熱海に行きました。

ーーだいぶ近場だったんですね(笑)

ちょれい:
さすがに沖縄は遠いなと(笑)

逃亡中は全ての連絡を絶ってしまったので、みんなから連絡が鳴り止まなかったです。3日目に、ジョニーさんからとにかく一回話そうと電話がかかってきて、「ここで変われなかったら、一生変われないよ」って言われました。次の週の月曜日に会社に戻り、みんなに謝りました。本当にごめんなさい。

ーーFLEXYのチームの皆さん・・・本当に暖かいんですね。

ちょれい:
人の可能性を諦めない組織だなと思います。どのメンバーに対しても、全力で愛を注いで向き合い続けてくれる人がいるんです。


3.弱い自分を支えてくれた「金言」

ーー 見放さず信じてくれる仲間や上司の存在が大きかったのですね。今までのお話を振り返ってみると、また次の会社へ...という選択肢もありそうですが、ここで投げ出さなかった理由は何だったのですか?

ちょれい:
ジョニーさんの言葉です。ジョニーさんは事業部長兼執行役員という立場にありながらも、入社時の面接からうまくいかない時も、専属のメンターみたいにずっと隣で励ましてくれました。

今でも覚えているのが採用面接時に、「何か一つでも、本気でやり切ったことってあるの?」って聞かれたんです。その時正直に、「マジで何にもないです」って答えた僕に、「この3年間は圧倒的に走り抜けて、圧倒的に成長して見せろよ」って言ってくれました。初めて尊敬できた大人が言ってくれたから、金言だと思っています。

こんな風に信じてくれて、思ってくれる人がいるから、諦めなかったんだと思います。

ーー 大切にしている言葉があるって素敵です。それから約2年後、MVP受賞に至ったんですね。闇の時代から脱出したのは、どんな経緯があったのですか?

ちょれい:
一人のお客様との出会いが僕を変えてくれました。今思うと、そのたった一人のお客様がいなかったら、どうなっていたかわからないです。

新しい概念の教育機関を立ち上げる取り組みをしていた企業様だったのですが、事業拡大に向けてどうITの力を取り入れるべきかを悩んでいて、技術顧問の方を活用していただくというプロジェクトでした。

このプロジェクトで、技術顧問活用の可能性をすごく感じ、自分を育ててくれた案件だったなと思っています。

ーー MVPに対しては、特別な想いはあったのですか?

ちょれい:
言いたくないなあ。言いたくないけど・・・・。伝説の48ヶ月連続達成男、野谷さん(FLEXY部 コンサルタント)に「ちょれいは絶対MVP取れないでしょ」と言われていて、正直いつか見返してやるって思ってました。だからMVP取るまでは何があっても投げ出さないって決めてました。昔から自分の中に、「最後に勝てばいい」という美学もあります。

4.トンネルを抜けた先に見えた、自分が出せる「バリュー」

ーーできないと言われた悔しさを原点に、MVP受賞を実現できたのですね。MVPを取れた理由はどこにあったのですか?

ちょれい:
「自分の出せるバリューってなんだろう」て見つめ直したからだと思います。

僕ができることは、一人一人のお客様にとにかく向き合い続けて、関係性を構築し、絶え間ない情報発信と、提案をし続けることでした。一つの企業に愛情を注いで、ご契約した企業様に絶え間なく提案し続けることだと気づいたんです。

MVPを受賞した10月は特にそれが実って、僕のことやFLEXYのサービスを信頼していただいて、一つの企業様で5人のプロ人材を活用していただくこともありました。


ーー顧客関係性構築って、本当に大切なテーマですよね。なぜそんなにお客様に向き合うことを大切にされているのですか?

ちょれい:
「血の通ったサービス」を提供したいと思っているからです。ITって、機械が連想されるから、冷たいイメージがあると思うんですけど、機械を作るもの人で、エンジニアも人だし、ITに関する問題って、結局人の問題なんですよ。だからITの力で課題解決を提案する僕たちコンサルタントの仕事も、「血が通っている」ものでないといけないと思うんです。

あくまでお客様と対等に、パートナーとして、向き合い続けて提案し続けて、末長くお付き合いできるような関係になりたいです。

ーーMVPを取るという一つの目標が叶った今、ちょれいさんの次の目標ってあるんでしょうか?

ちょれい:
FLEXYというサービスを、日本のDXを一番推進するサービスに成長させていきたいです。FLEXYの一番の強みは、日本で一番CTO・技術顧問が登録しているところだと思っているので、それを求めている企業様にもっとリーチしていきたい。

大手の企業様や地方の企業様への支援を拡充させて、サービスの力をパワーアップさせたいと思っています!

ーーすぐにまた次の目標に向かって走り始めているちょれいさんが素敵です!今後の活躍にも期待しています!

株式会社サーキュレーション's job postings
28 Likes
28 Likes

Weekly ranking

Show other rankings