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「日本の製造業を未来に残したい」元ミスミ事業部長がキャディに賭けた理由とは

今回お話をお伺いするのは、精密小型モーターメーカーの設計、レーザー光学部品メーカーの事業責任者を経て、前職は株式会社ミスミで事業部長としてご活躍された宮武さん。

日本のモノづくりの発展に30年以上寄与してきた彼がキャディに参画を決めた理由と、今後の展望について迫ります。

会社の業績に貢献するため、設計から事業責任者に

ーー本日はよろしくお願いします。はじめに、宮武さんのご経歴について教えて頂けますか?

実家が事業を営んでいたこともあり、早く社会に出て働きたいと思い実践的な専門分野が学べる高専の機械工学科へ入りました。卒業後、FA精密小型モーターでシェアトップのメーカーに入社し、高精度位置決めモーターの設計に従事しました。

ちょうどその頃、産業界ではロボットなど色々な機器にモーターが組み込まれていく自動化の流れが大きくあったので、その領域でデファクトスタンダードを築いている会社が成長が見込めて面白いと思ったんです。

ーー設計を志された理由は何だったんですか?

モノづくりの入り口は「設計」から始まります。学生時代の加工実習などを通して、設計で良いクオリティが担保できていないと後の工程で修正するのは難しいなと感じたからですね。設計を極める事で世の中をよりよくできる可能性があるなと。

ーー最終的に技術課長まで担われたんですね。

はい。技術課長と言いながらも、顧客である装置メーカーの設計者と一緒に商品開発や評価を行うことも多く仕事はとても楽しかったですが、めちゃくちゃ働いてましたね。

量産工場で1日2交代制だったんですが、早番の人よりも早く出社して工場を開け、遅番の人よりも遅くまで働き工場を閉めて帰る、という日々を送っていました。

ーーそれは交代してないですね・・?(笑)そこから、なぜレーザー光学部品メーカーに?

設計を極めることで良いものを生み出せている自負はあったのですが、それとは裏腹になかなか全社の業績が良くならなかったんですよね。そのことにとても歯がゆさを感じていて。設計だけではなく、製造や販売も含めた事業全体にインパクトを与えるロールを担いたいと思い、転職しました。

2社目は、従業員は規模的に1社目の100分1である20名程の会社で、ニッチな部品領域ではあったものの、国内のシェアを6割程持っているメーカーでした。ここで初めて事業責任者として、設計・製造・販売まで一気通貫で従事することになりました。

最終的には全体の売上の9割は私が管轄する事業部で生み出すまでに。事業全体の責任を持つことで、会社に対して貢献できている感覚が持てたのは非常に良かったですね。

ーー事業責任者になったことで変わったことはなんですか?

それまでのように機能別組織で一機能をみるだけではわからなかったことが非常に多かったです。商品展開の方向性、人の配置、お金のかけ方など、利益や売上をあげる上で考えられうる打ち手が無数にある中、ヒト・モノ・カネの差配を大きな裁量をもって任せてもらえたので、いろいろやらせてもらえました。結果的に成果も残すことができ、経営者としての経験値はここで飛躍的に上がったと思います。

当時仕入れを米国ボストンから行っていたこともあり、時差が大きかったので深夜の電話会議のためにオフィスにベッドを持ち込んで帰らなくなったり、相変わらず破茶滅茶な働き方ではありましたが(笑)。

ーー2社目にしてついには帰らなくなったと...(笑)。とはいえ、未経験から事業責任者として成果を出すのは大変だと思うのですが。

製造現場での経験が大きな糧になりました。こうやると生産効率があがる、不良が起きる、こうすれば安く造れるなど、1社目で「製造の基本」を学びました。

設計をやっていた時、大手の半導体、液晶製造装置メーカーなどのクライアントにも頻繁に足を運んでいたのですが、クライアントが何を求めているのか、どのように進めれば顧客装置の要求をクリアしてご発注いただけるのか、顧客KBF(重要購買決定要因)を現場感覚として持っていたのが大きいと思います。

ーーなるほど。成果を継続的に上げるために、大変だったことはありましたか?

全社的に緩い組織風土を変革しなくてはいけなかったことですかね。既に日本シェアの60%を獲得していたので、特にがんばらなくても良いというような雰囲気が醸成されてしまっていて。

納期遅れも日常茶飯事、品質不良でクレームがあっても涼しい顔している。そんな状況で、「これではまずいな」と。

経営(組織)が適切に機能していない会社は、今が良くてもいずれ悪化していく。逆をいえば、経営を機能させれば、大幅な成長が見込めます。こんな状況でも儲かってるなら、改善したら尚更だと。そしたら次の投資もどんどんできる。

ーーやらなければならない状況で力を発揮する、というのはよくあると思いますが、すでにそこそこ上手くいってるところを負荷をかけてテコ入れしていく、というそのモチベーションはどこから生まれたんでしょう?

同じ時間を使うなら、市場により良い価値を提供したい、という気持ちかもしれません。更に、仲間である社員が働く環境を良くしたい、そのためには利益を出して会社として成長していなければならない、というシンプルな動機なんですけど。

「こうあるべきだ」というのが見えていて、実情がそうじゃないとき、純粋にそのギャップを埋めたくなるんですよね。

従来は成り行きの事業展開だったのですが、複数年の事業戦略を策定して会社の向かう方向を示した後で、一人一人にあるべき未来について丁寧に説明をして行動変容を促しました。その後、メンバーの意識や行動も徐々に変わり、結果的に事業部全体のパフォーマンスが飛躍的に向上しました。売上全体の約9割を担う事業に成長させることができた要因の1つになっていると思います。

経営のレベルを上げるためにミスミへ。大事なことは原理原則にあると学んだ

ーーそこから前職のミスミに入社されたきっかけは何だったんでしょうか?

今まで経営を我流でやってきたので、再現性高く成果を出すために、(経営を)体系的に学びたいと思い始めていて。

MBAで学ぶという選択肢もあったのですが、その頃ミスミで、BCG(ボストンコンサルティンググループ)出身の三枝社長(当時)が、戦略経営を謳い経営者輩出企業になることを標榜していることを知りました。2社目の事業責任者の経験を活かして、実践しながら学べるのは非常に魅力的だと思ったのが入社の決め手です。

-- 実際入られてみてどうでしたか?

非常に裁量と自由度が高い組織でした。事業部長レイヤーだと、事業戦略を自身で策定して、経営層の承認がとれたら、あとは自由にやらせてもらえる、という感じで。

ミスミの中に小さい会社がいくつもあるようなイメージで権限も大きかったです。売上と収益が評価にダイレクトに反映されるように設計されていて、良い意味で経営者としてのメリットもリスクも背負う形になっていました。自分としてはそれが面白かったし、やりがいがありましたね。

また、経営者を育成するための座学のトレーニングも充実していて。1社目も2社目も結果をそれなりに出してきたこともあり、自分としては論理的にモノゴトを組み立ることにはそれなりに自信があったんですが、蓋を開けてみると全然だめだったんです(笑)。

今まではある種"本能”的にやってきた感じが強く、各種フレームワークを体系的に基礎から学べたのは非常に有意義でした。また座学で学んだことを、すぐに担当事業でアウトプットできる場も自身の配下にあったので、恵まれていましたね。ある大きなプロジェクトに従事していたんですが、とても忙しくまた帰らない日々に....。

ーーもうあまり驚きません(笑)。経営を実戦で学ぶ場として、とても魅力的&充実した環境だったんですね。

そうですね。2社目よりも顧客数も1000倍ぐらいに一気に増え、グローバルマーケットに対するインパクトも大きくなりました。私のミッションはシンプルに、担当する商品郡のマーケットシェアをあげることでした。その中で利益をあげる。

コストが安くなり短納期で簡単に手に入るサプライチェーンを構築すると中小の装置屋さんからすごく感謝されたり。世の中の製造業のリードタイムやコストを変革している、という手応えがありました。

メンバーの末端まで経営者の意識を強く持っていたのも良かったですね。事業部の中でも細かく分類された商品ごとに担当がいて、「このカテゴリは世界でも彼だけ」というケースも多く、基本的にはその担当に戦略立案が任されていました。

商品によって市場環境や、競合、プライシングも違うので、一気通貫で戦略から考えることが個々人に求められる環境で。私はその中で、事業部長として100億円を超える担当商品群の売上、収益、投資を含めた商品企画やグローバルでの生産拠点やロジスティクスを含めたSCM(サプライチェーン・マネジメント)など事業全体に関わる仕事を推進していました。

ーー 事業部長を歴任された中でも、特に印象的なエピソードはありますか?

たくさんありますが、特に印象的なのは全社方針と異なる事業部の大きな意志決定をした時ですかね。言えない部分もあるのですが、当時全社的にはある点を全社戦略の優先事項にしていました。

しかし、私個人としては担当事業においては、その点を優先すると、結果的に別のポイントが悪化することに着目しました。そこで顧客にとって何が必須要件なのか、顧客プロセスの分解を行い、数百社を超える顧客に徹底的にヒアリングを重ねました。するとその重点ポイントは自事業において顧客KBF(重要購買決定要因)ではないことが分かりました。

最終的に、新戦略に基づいて商品ラインナップ、生産方式、グローバルロジスティクス、各国の拠点戦略を組み直しました。一定のトレードオフがあったためグローバルのステークホルダーに戦略の転換点及び事業の目指す姿を説明、合意形成後、実現完了するまで数年かかりましたが、最終的には売上/収益で過去最高水準を達成できました。

ーー何年もかけて...というのが執念にも近いものを感じるんですが、何が原動力なんでしょうか?

そうですね(笑)。シンプルですが、その事業が伸びると、購入頂くお客様の役に立つ。その恩恵を受ける人が世界中にいる。それが見えてるのであれば本質的に事業にとって価値のあることをやる。何年かかろうと関係ない...という感じでしょうか。

モノゴトの原理原則に従わない、ロジックに反する事はいずれ破綻します。業界や世の中の変化が著しい昨今では、なおさらです。

「世の中がそうだから、会社が決めたから」と流れに身を任せるのではなく、コトに向き合って自分なりの考えを持つことが大切だと思っています。基本的に答えはいつも市場や現場にある。迷ったら原理原則に立ち返る。それが重要ではないでしょうか。

ドイツで感じた危機感。キャディで前人未到の挑戦へ

ーーキャディに参画しようと思った背景を教えてください。

ミスミで欧州事業の責任者を担っていた時の原体験がきっかけになっていると思います。ドイツに赴任したのですが、ドイツって国家も産業も徹底的な仕組み化が進んでいて。

例えば、「週にXX時間以上は働いてはいけない、就業時間外に連絡をしたらいけない」などガイドラインがあるんですが、強制力が強く、抵触すると一発アウト(違法になる)。

日本だと「とはいえ、残業するよね」という感じがまだまだあると思いますが、ドイツだと「残業しないとダメな状態にしている経営が悪い、高いクオリティのアウトプットを持続性をもって出せてこそ経営としての義務」と捉えています。

ーーワーカホリックな宮武さんには危機的環境では・・!

これまで自分はがむしゃらに働いてきた方なので、最初は「何だよ!」と思っていたんですが(笑)、徐々に強烈な危機感を感じ始めたんです。

彼らは限られた時間の中で、必要以上にクライアントに迎合することなく、高いアウトプットを創出する仕組みを有している。イレギュラーを起こさないために頭を使い、結果、標準化やプロセス化が進んでいる。まさに制約がイノベーションを生んでるんです。ERPソフトの最大手の独・SAPなどはまさにその最たるものだと思います。また、特注仕様が当たり前の装置や加工部品においても欧米では色々なプレイヤーが標準化を着々と進めています。

一方、日本ではお客様のために尽くす、どんなわがままにも応える、そんなやり方が一般的です。多重下請け構造など、誰かが負を背負うことでどうにか成り立っている。その結果、顧客ごとのカスタマイズが進み、下請け企業の努力により更に非効率が拡大/常態化されていく。

かたやドイツではプロセス化や標準化を進め、根本的なコスト削減を行い、時間を作り出しているし、高収益企業も存在する。「寝ずにやってきた俺はなんだったんだろう」と(笑)。

ーーなるほど。。

このままでは、高い技術力を有しているのに、日本の製造業は淘汰されてしまう日が来ると怖くなりました。グローバルで戦える企業も年々少なくなり、サプライチェーンもこのままでは壊れてしまう。それは廃業を選択している中小製造業の数にも如実に現れています。

一旦崩れ始めたサプライチェーンはそう簡単に元には戻せない。下が崩れれば、上も生き残れない。「日本から製造業が消えて無くなるかもしれない」と大きな危機感を持ちました。

でも、今ならまだ間に合う。パズルの様に複雑な製造業の仕組みをより良いシンプルな形に変えていく仕事がしたいと思ったんです。そんな時に製造業の本丸である加工品を主力にプラットフォームを築こうとしているキャディに出会い、まさに自分がやりたい事を事業にしているなと感じました。

ーー何が決め手だったんですか?

30年近く製造業に携わってきたので、キャディがミッションに掲げている「モノづくり産業のポテンシャルを解放する」ことがどれだけ難しく途方もないことなのかは認識しているつもりです。

衝撃が走ったのは、キャディが「装置一式」をやり始めたと知ったとき。普通だったらそんなリスキーなこと絶対やらない(笑)。お客様もそんな発注なんてしないだろうと思っていたんですが、実際受注が伸びていると。

それは自分のロジック(考え)の外にあった驚きの打ち手でした。そしてそれを実現する仕組みやテクノロジーにも大きな可能性を感じました。全部を理解したわけじゃないですが、賭けることにしたんです。

ここは今までたくさんの人がチャレンジしてきた領域ですが、未だに誰も成し得ていない。その道程は長く険しいものになることは間違いありません。だからこそキャディが、そして自分が、やる意義があると思っています。

ーー言葉に重みがあります。今キャディでは何を担われていますか?

今はパートナー加工会社の開拓や生産/プロセス改善を担っているSCM(サプライチェーン・マネジメント)チームの統括をしています。技術力の高いパートナーの皆さんとどれだけ強固なパートナーシップを組み、効率的な生産が出来るかが、今後のキャディの飛躍的な成長の鍵となります。

知名度はなくても、日本の製造業を支えている素晴らしい町工場は全国にたくさんあるので、日々足を運んでディスカッションや改善アクションを実行しています。

ーーキャディの未来をどう見ていますか?

真の製造効率化への道は、まだ始まったばかり。調達の最適化を突き詰めていけば、より上流工程である設計工程を巻き込む必要もあると感じています。また、価格/納期の最適化や情報連携による生産管理との連動にはテクノロジーの活用も不可欠です。

今のモノづくりは情報活用の格差が大きいし、本当に無駄がたくさんある。でもその負を解消すれば劇的に変わることはわかっています。あとはその仕組みが必要。

難しいが、不可能ではないと信じてます。産業を変える、という大きな目標を置きつつも、目の前のお客様やパートナーさんの未来を変える。それが大事です。

ーー最後に、どんな方に入っていただききたいか教えてください。

難しいことを面白がる人、簡単には解けない大きな課題に真正面から立ち向っていける人とご一緒したいですね。

キャディが向き合っている課題は簡単に解決できるものではなく、時間がかかります。課題に向き合う中で、常識を疑う力、仮説検証を高速で回し続ける力、思考体力が求められます。知的体育会系、とも言えるかもしれません。

私たちは、誰もできていないことに挑んでいます。当然、失敗も多い。大事なのは失敗から多くを学べる人です。失敗から何を学んだのか、学んだことによって自分の思考・行動がどのように変化したのかを能動的に問い続けられる人は向いてると思います。道は険しいですが、その過程を楽しみたい方は是非キャディの門を叩いてください。


★3/19(金)、下記のイベントに宮武も登壇予定!★

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