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何もしない人ほど、チャレンジャーを”馬鹿”と呼ぶ。「志に熱中できるプロフェッショナルチャレンジャー集団」を創った、蔵元二郎の創業ストーリー

皆さんは「志」という言葉に対して、どのようなイメージを持っていますか?

もちろん人それぞれではありますが、大抵の人はこう考えているのではないでしょうか?

「志や夢って崇高で、軽く決められるものではない。」

その原因にあるのはきっと、ベンチャー企業に就職する学生が増え、そこの人事が「君は人生をかけて何をしたいのか?」という類の質問をすることにあると考えています。

しかし、今回紹介するBNGパートナーズの創業者で代表取締役社長の蔵元さんは、志についてこう仰っています。

「志なんて、ブレて当然。」

多くの学生からしたら、パラダイムシフトのように取れる発言。今回は、BNGパートナーズの創業ストーリーや、代表から見たBNG、そして理念である「馬鹿が日本で元気にする」や「一人に1つの志」について蔵元さんに深くお伺いしてみました。

蔵元 二郎(Jiro Kuramoto) / 代表取締役社長

1975年鹿児島県生まれ。起業家の父の元に生まれ、幼少期から起業家精神を育む。九州大学を卒業後、新卒では一部上場企業に入社。その後、スタートアップで新規事業の立ち上げ、大手ベンチャー企業で経営幹部として活躍した後に、27歳で1度目の起業。リーマンショックでどん底を経験した後、34歳の2009年にBNGパートナーズを起業。

起業家精神は父から受け継いだが、起業したいとは思ったことがない。BNG創設までの壮絶なキャリア。

ーーBNGパートナーズを立ち上げたきっかけはなんだったんでしょうか?

正直、あんまり考えていないんですよね。BNG以前の会社がリーマンショックの影響で倒産同然となり、その後、「振り出しに戻る」気持ちで、なんの疑問も持たずに立ち上げたのがBNGでした。

BNG創業前のお話をしておくと、一部上場企業、スタートアップで新規事業立ち上げ、メガベンチャーで経営幹部、最初の起業となる前職の共同創業、そしてBNGを起業という流れです。

新卒で従業員1万人の一部上場企業に入社し、手前味噌ながらトップクラスの出世をしていたのですが、「このままでは牙を抜かれたサラリーマンになってしまう」という危機感から、10人規模のスタートアップに転職しました。

本当に小さい会社だったんですが、社長が面白い人だったので入社しました。そこでは新卒領域の新規事業を立ち上げて、それが九州でうまくいったのでそのまま東京進出。当時、飛ぶ鳥を落とす勢いだったグッドウィルのグループ会社と事業提携をし、その後転籍。人事部長や社長室長、海外事業部長など、さまざまなことをやらせてもらいました。

そこで、最終的には人材紹介事業のリエンジニアリングを命じられ、はじめて人材紹介というものを知り、市場や他社サービスを調査したときに「こんなサービスがまかり通っては、日本が弱くなる」という危機感を覚えました。

そこで「日本を元気にするための人材紹介サービス」というのを企画したのですが、あまりにも夢に溢れたというか、荒唐無稽というか(笑)、当時の会社のケイパビリティにミートしませんでした。

しかし「日本が弱くなる」という危機感は拭い去ることが出来ず、「自分がやるしかない」と覚悟を決め、社長に話したところ「俺も会社を辞める、一緒にやろう」と言われて前職を共同創業することになりました。

前職では7年ほど取締役COOとして従事し、上場直前期まで事業を拡大、多数のテレビ出演や書籍の出版をするほど急成長していたのですが、リーマンショックの波に飲み込まれ、あっと言う間に全てが弾け飛んでしまいました。

そこからBNGの立ち上げに入るという流れですね。

2回も会社を立ち上げているので、起業するきっかけを聞かれることが多いんですけど、僕自身は「起業したい」と思ったことは今までで一度もありません。と言うのも、僕の父親が起業家で、バブル崩壊とともに経営難に陥り、「おかずが減っていく」という現実を目の当たりにしました。

だから、「会社経営は大変なこと。とても苦しいこと。できることなら関わらないでいたい。」そう思っていました。

ただ、幼少の頃から父親に「男なら三振しても良いからホームランを狙え」や「お前はどう生きるんだ?」と言われ続けていて、それが知らず知らずに起業家精神を育んでいたのだと思います。

BNGを起業する時には、あまり何も考えていなかったつもりなのですが、一度挫けたくらいでは折れない起業家精神を持ち合わせていたのかもしれません。

ーーBNGを立ち上げて現在に至るまで、どのようなことがありましたか?

創業時は、正直なところ平和でした(笑)。

リーマンショック以降の約1年間、本当に生き残りを懸けた闘いをしていたので、自分一人を雇うのは、とても楽ちんでした。

ただ、3ヶ月くらいその生活を続けて行ったら、"ともに祝杯をあげる仲間がいないこと"に猛烈な寂しさを覚えました。

せっかく難しい案件を成功させても、一緒に喜べる仲間がいないと意味がない。

そんなことを思っていたら、先輩社長の会社に勤める知り合いから「ノーギャラでもいいから働かせて欲しい」と申し出を受けました。

打ち合わせを兼ねたランチに誘われたのですが、退職の報告と同時に「(HR市場では名の通った)蔵元二郎が起業する姿を、真横で学べる絶好のチャンス」とまで言っていただき、週3日のインターンとして参画して頂くことになりました。

これを機に、「お一人様から脱却すべき時だ」と判断し、一気に動きました。

20人ほどの学生をインターンシップとして採用し、リファレンス事業(人材採用におけるセカンドオピニオンサービス、現在は分社独立化)という全く新しい市場を創ることに徹底的に注力しました。しかし、早すぎた感は否めず、市場が創られていく以前にキャッシュの限界が見えてきてました。

ちょっとヤバイなと思いながら、ふと前職の社長に会う機会があったのですが、事情により人材紹介事業を継続するのが難しいと聞かされました。

「それなら恩師の競合になることはない」と思い、了解を得て、もともと日本を元気にするために最も意義がある事業の一つであった人材紹介事業に、BNGとしても参入することを決めました。

まずは、インターン生からエース級のメンバー2名を抜擢し、自分を含めた3人の体制で人材紹介業を開始しました。

そして「リーマンショックからの市場リバウンドを掴む攻め時だ」と判断し、創業14か月目で新卒採用を開始。

リクナビに「リクナビ掲載最小企業」と銘打って募集したら500名以上の学生さんが興味を持ってくれて、創業メンバーとなる精鋭5人を採用しました。

しかも、そのタイミングで、麻布十番の高級マンションオフィスから、あえて神田の築30年以上のビルの、しかも地下1階のオフィスに移転してから募集しました。「こんな地下オフィスの何もないところ」に飛び込んでくるような、会社依存度ゼロの学生さんと出会いたいと思って、あえて会社説明会も地下オフィスで開催しました。

実際、半分以上の学生さんはドン引きしてました(笑)。

でも、「何もない」のが事実で、その事実を歓迎してくれる仲間が必要だったのです。何もない地下オフィスで「日本を元気にするために立ち上がるんだ」と言っている姿は、さぞかし「馬鹿」に見えたことと思います。

志は日々の原動力。BNGがここまでやってこれた理由は"真面目さ"。

ーー蔵元社長から見て、BNGはどういう会社ですか?

本音で言うと、真面目な会社です。

メンバー全員がマメで、誠実で、愚直です。それを12年間かけて地道に積み上げてこれたことが、今のBNGの一番の財産だと思っています。

いま過去最大の「攻め時」と判断して、アクセル全開でいられるのも、12年かけて積み上げてきた財産があるからだと感じています。

今日、コロナショックを契機に、市場は変化に柔軟になっています。

2030年までに640万人の労働者不足が発生する日本において、企業も、人材も、変化しなければいけないことは、以前から分かってました。

企業は、変化をし、成長をしなければならない。

個人は、激しい変化を乗り切るために、真に自分の「志」と向き合わなければならない。

その中で、「エグゼクティブ人材、イノベーション人材、プロフェッショナル人材」あたりの文脈を持つBNGが担う役割は非常に大きく、絶好の機会だと考えています。

僕らは12年間、市場が変化に柔軟になる、このタイミング、具体的には「ネクストリーマンショック」を待っていました。

人も市場も、苦境に立たされた時に、一気に変化します。

そのタイミングまでに、エグゼクティブというニッチな領域で圧倒的なナンバーワンの地位を確立し、堅固な経営基盤と企業文化を構築することに愚直に取り組んできました。

準備しなければいけないときにしっかりと準備する。

アクセルを踏むべき時に、一気にアクセルを踏む。

それをメンバーが一体となり徹底できる真面目さが、いまのBNGにはあります。

ーー理念である「馬鹿が日本を元気にする」はどのようにして生まれたのでしょうか?

「馬鹿が日本を元気にする」は、若い頃からの口癖なんですよね。

「日本を元気にしてやる」って学生時代から意気込んでいて、「お前に出来る訳ないだろ、馬鹿だなぁ」と言われて、「何言ってるんだ、馬鹿が日本を元気にするんだよ」と。

ずっと言い続けている言葉です。

単に馬鹿と言ったら聞こえは悪くなるかも知れませんが、ここで言っている「馬鹿」というのは、言い換えるのであれば「プロフェッショナルチャレンジャー」です。

ある研究によれば、人間が何かチャレンジをした時の成功率は平均して10%ほどだそうです。野球では3割バッターが称賛されますが、スイングをした回数とヒットを打つ確率を計算すれば1割ほどに落ち着くそうです。

世の中の多くの人は、成功確率が10%と聞くと、どうしてもアクションを起こしづらい。でも馬鹿(プロフェッショナルチャレンジャー)は、「1勝するには10回挑戦したらいいだけ」「100勝なら1000回」という思考を持ちます。僕もこれと同じなんですが、どうも多くの人はそうは考えないみたいです。

逆に、プロフェッショナルチャレンジャーのことを馬鹿と呼ぶ人たちに共通するのは「0勝0敗」だということ。結局、批判するのは挑戦しない人たちなんです。

僕はそういったプロフェッショナルチャレンジャーと一緒に働きたいし、プロフェッショナルチャレンジャーこそが、日本を元気にすると思っているので、BNGの理念に掲げました。

ーーミッションステートメントにもある「志」を重要視する理由はなんですか?

昔から日本を元気にしたいという想いが強くて、元気ってなんだろうっていうことを常々考えていました。それで元気を突き詰めていった先にあったのが、「目指すべき何かに一歩踏み出している状態のこと」だと気づきました。

つまり、原動力になる夢や目標や志があり、実現しようとしてる自分がいる、それこそが元気の源なのです。逆に、そういった目指すべきものがない、あるけど一歩を踏み出していない状態は、元気じゃない状態です。

「夢が持てない、志を掲げていない」といった方々が非常に多いのは事実です。その根源にあるのは、やはり志や夢を重く捉えすぎている現状ではないでしょうか。

もっと気楽に考えたらいいし、志はいつだって変えてもいいんです。

僕が中高生に対して行う授業では、「これから1分間で『私は人生を懸けて、???』を書く」というワークをやります。

「いま思いつくことでいいし、後で書き換えてもいい。ただし、必ずこの1分間で書くこと。」

と付け加えます。

書き終わったら、それを達成するために今日できることを、どんなに些細なことでも良いから書きます。そうしたら、必ず何か出てくるんですよね。

最後に、それを実行する。

これを繰り返していれば、最初に書いた志なんて書き直す日が必ず来ます。

最初からブレない志を書ける人なんて居ません。僕は、ブレたっていいからとりあえず作ることの方が重要だと思っています。

いつだって”夢”は諦めない。だからこそ、諦めないで成長しようとする人と僕は働きたい。

ーー蔵元社長の視点から、BNGという会社をどのようにしていきたいですか?

正直、会社をどうこうする以上に「日本を元気にしたい」という想いが先なんですよね。

別に、BNGだけで日本を元気に出来る訳もないだろうし、多くの志が集まって、日本を元気にした会社の1つがBNGであれば良いと思っています。

その中で、一番貢献したのがBNGであれば最高ですね。

ですので、最優先しているのはメンバーが夢中熱中であるか?ということです。

まずはメンバーが熱中できる環境を作ることが、BNGを成長させることになるし、日本を元気にすることになると信じています。

ーーメンバーが夢中熱中できる環境を作る上で意識していることは?

一番はしっかりと方針を示すこと。その次に、熱中したら成果が出る環境を作っておくこと、ですね。

成果が出ると、今やっていることに対しての熱中を後押しできます。つまり、成果が出やすい環境を作らなければなりません。

そのためには、マーケット選定やKPI設定を的確に行う必要があります。それこそが方針ですね。そのため、方針をしっかりと示すことが、成果が出やすい環境を作ることに繋がり、メンバーの熱中を後押しできるのです。

ーー最後に、今後、御社にはどのような方に入ってきていただきたいですか?

「エネルギー量が高い人」です。

「どんな人が活躍しますか?」とよく聞かれることがあるんですが、「活躍するまで諦めない人」といつも答えてます。

「夢はあきらめない、あきらめるのはいつも自分」という言葉があります。

本当にその通りだと思っていて、人が成長するときっていうのは、成長実感があるときではなく、歯を食いしばっているとき、這い上がろうと闘っているときなんです。

僕自身も、自分が一番成長したのは喪失感だらけのリーマンショック以降でしたが、そこで成長したことに気づくのは、歯を食いしばって闘い抜いた、ずっとその後です。

逆に、会社が順調に成長していて「成長してるぜ!」と感じているときは、実は成長なんかしていなくて。それに気付くのもずっと後のことでした。

「夜明け前の夜が、一番暗い」という言葉も好きです。

他人が諦めそうになるとき、逆風で一歩も進んでいる実感がないとき、そういう時に実は成長していて、後で押し寄せるように視座が高くなります。

でも、それを乗り越えるには、「本気の成長意欲、人一倍のエネルギー量」が求められます。

「そこまでしなくても良い、別に自分が日本を背負う必要はない」ではなく、「どうせ一度きりの人生だから、熱く生き抜きたい」。そういう仲間と一緒に、日本を元気にしたいです。

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