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#アベマでアテる 背負える人、求む

「AbemaTV」は2016年4月に本開局して以来、数々のオリジナル番組を制作してきました。インターネット発のマスメディアを目指すうえで、日本中の視聴者を惹きつけるような次世代ヒットコンテンツを生み続けることが使命です。

インターネットTV局という、他に類を見ないサービスであるAbemaTVにおいて、オリジナル番組制作を背負う番組プロデューサー達のリアルを文字に落とし込みました。どのような苦悩を抱え、どう乗り越えてきたのか。地上波でも番組制作を担当して来たプロデューサーだからこそ分かるAbemaTVのリアルを、テレビ朝日から出向し番組プロデューサーを務める片野にインタビューをしました。

片野正大

株式会社AbemaTV 番組プロデューサー
大学卒業後、2004年に株式会社テレビ朝日に入社。「クイズプレゼンバラエティーQさま!!」や「林修の今でしょ!講座」等人気バラエティ番組の制作を担当。2016年に株式会社AbemaTVの制作局へ出向。「極楽とんぼ KAKERUTV」や「亀田興毅に勝ったら1000万円」等数々のAbemaTVオリジナル番組でプロデューサー兼総合演出を務めている。

インタビュアー:小柳津林太郎(株式会社AbemaTV 次世代プロデュース室 室長)


Q. どんな学生時代でしたか?

学生時代はぶっちゃけると、遊んでいましてね(笑)学校にはほとんど行かず、友達と楽しいことを企画して、車でどこかに出かけて…友達と「大型連休」を勝手に企画して、ひたすら遊びにいく。強いていうなら、テレビ局でADのバイトをしていました。学生時代は総じて、休みすぎたので、だからこそ、社会人になって、バリバリ働き出したのだと思います。バカンスはもう充分過ごしただろう、という感覚で(笑)

就職活動は、テレビ局自体が早かったこともあり、運良くテレビ朝日から内定頂いたので、早めに終わりました。それ以外の業界はほとんど受けていなかったです。

Q. どんな新人時代でしたか?

1年目…そもそも配属希望として、バラエティ制作を希望していたのですが、配属はなんとニュース制作。希望とは違いましたが、ワイドショーのADをやりながら、時には記者業務のようなこともやっていました。ワイドショーは局員がディレクターに早くあがりやすい環境でもあり、2年目からディレクターを務めさせていただきました。

Q. それからの制作畑でどういうキャリアを積んでいったのですか?

転機は3年目に訪れたのですが、元々希望していた、バラエティ制作に移ることが出来、最初は「クイズプレゼンバラエティーQさま!!」のADをやらせて頂き、後にディレクターを務めるチャンスを頂きました。その頃は今だから言えますが、当時の上司のはからいで、特番を担当することが多かったのですが、同時に4、5番組かけもちしていました。今考えれば、当時は死ぬほど働いて、死ぬほど経験値を詰み込めた時代でした(苦笑)ありとあらゆる番組制作業務に携わることが出来たので、今の仕事の進め方の礎になったかと思います。

社会人6年目になって、初めて、クイズ番組の総合演出を担当させていただいたのですが、それが29歳の頃でした。自分が背負って総合演出を務めた番組が結果、海外に向けてフォーマット販売が成立し、時にはロンドンでパイロット版を創っていたりしていました。その後、オランダ、フランスなどにも行く機会があり、初めて総合演出を手掛けた番組が海外展開していく様を見ることが出来、めちゃくちゃ面白かった!という記憶が今でも鮮明に残っています。

帰国して、次はバカリズムさんの出世作となる番組を担当させて頂いたのですが、オードリーさんなど、その当時は次世代を担う芸人さんと働くことが出来ました。3年ぐらいで終わってしまった番組なのですが、その過程で、「お笑いの人って本当にストイック…」と心底感じました。僕も出演者の皆さんと必死に向き合っていたことからこそ、個としての成長を感じることが出来た気がします。

その後、テレビ朝日の中で一番ハードなチームと言われている、チーフプロデューサーの元で、林修先生の出世作となる番組に携わらせていただき、その当時の視聴率でもトップを取ることができたので、ある種、順風満帆な制作人生を送っていました。

Q. いきなりAbemaTVに出向?

テレビ局だと普通、一斉に人事辞令が年一で発令されるのですが、僕は異例でした。12月のある日、人事辞令がくだされました。その先はなんと、AbemaTVというテレビ朝日とサイバーエージェントとの合弁会社。今だから言えますが、ショックでしたよね(笑)自分が地上波以外で仕事をするとは全く思っていなかったです。正直最初はモチベーション低かったです…なぜ自分が選ばれたのか?と理由さえ人事に聞いてしまいました。

Q. 当初のAbemaTVはどういった環境でしたか?

当初のAbemaTVは、まだまだ黎明期で、番組制作環境としては、決して整っているとは言えない状態でした。それでも、みんな「やらなきゃ、つくらなきゃ」という気概でやっていましたね。

そんな中、僕が最初に担当させていただいたのは、極楽とんぼの山本さんにとって業界復帰となる番組でした。周りのスタッフにとっても新しいことだらけで、めちゃくちゃ大変でしたね(笑)ただ、ここで気付いたことは、インターネットというか未開の環境だからこそ、地上波以上に出演者の熱が本当に凄かったのです。距離感が地上波よりも近いと言いますか、自分たちの意見が通りやすいと思っていただけたのか、山本さん復帰に向けて様々なアイデアを出演者の皆さんに出していただきました。相方の加藤さんは特に企画出しに熱心になって下さっていたことが、大変印象に残っています。手応えをはじめて掴んだ瞬間でした

Q. そこからのAbemaTVはどう変化して行ったのですか?

そこから、「亀田興毅に勝ったら1000万円」という番組を担当させていただきました。綱渡り的な番組だったのですが、なんとかみんなでの乗り越えることができました。(試合開始直後にアクセスが殺到しすぎて一時的にサーバーがダウンしたり(苦笑))AbemaTVの中の人達にとってもだいぶ成長実感があったのかと思います。

徐々にではありますが、僕含めて、周りの仲間も経験を積み、大型キャスティング含めて、難易度Sクラスの番組を形にすることが出来たのも、立ち上げから2年間でAbemaTVが急成長した証だと思っています。

そこからは、気付いたら、スタッフは地上波と比較しても、一流なクリエイターと働けていますし、番組予算も藤田さんがこれは注力しようという番組には地上波レベルでやれています。今この瞬間にきたら、地上波と遜色がない環境だと言えるのでは?と思っています。作り手としては幸せな環境になってきたと実感します。

振り返ると、最初はネガティブでしたが、早くきた人が早くチャンスを掴み取れるのだと実感しています。

Q. 地上波とAbemaTVの違いはどこらへんにありますか?

地上波と比べて、番組予算は追いついてきたと思います。違いといえば、「スピード感」だと思います。総合プロデューサーの藤田さんがGOを出してくれたら、GO。判断軸が凄く明確で早いと思っています。藤田さんは自分自身で、全部が全部わかっているスタンスでは決してなく、番組プロデューサーとのディスカッションの中で決めていくスタンスなので、非常にやりやすいですね。一流の経営者と一緒に毎週一時間話しているので、とても尊い時間です。

Q. 今後どういう番組をAbemaTVで創っていきたいですか?

とにかく視聴者が「びっくり」してくれる番組をつくりたいです。「あ!!!」って驚いてもらうものを創るしか意味がないと思っています。いたずらに刺激的なものというわけではなく、表面上は驚くのだけど、心にちゃんと刻まれる番組。「亀田に勝ったら1000万」とか一発の特番だけど、様々な方に「あー、あの番組ね」と覚えてもらえることが凄く嬉しいです。

「消費されていくが記憶に刻まれる番組づくり」

それが積み重なっていって、AbemaTVが発展してくイメージだと思っています。

Q. プロデューサー、総合演出として感じる違いはありますか?

今は、番組制作をやりながら、宣伝領域含め、ネット上、ソーシャル上、全てにおいてのコンテンツをトータルでプロデュースしている感覚があります。専門部署の仲間と本気で一緒に考えること含めて、ケツ持ちする人間が全部自分でやれてしまう環境だと思っています。

Q. 今後どういう仲間と働きたいですか?

まず大前提、「俺が新しいメディアを創ってやる」という気概を持っている人が良いですよね。テレビの世界は気性が荒い人が多いのですが、サイバーエージェント社員の性格が良いので、最初荒かった人もどんどん浄化されていきますよね(笑)だから、チームの運命を背負って、絶対に俺が当ててやるといった気概と責任感が大事だと思います。

一言で述べると、

「一人で一つのコンテンツを背負える人」

背負える人、求む


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