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社歴10年超の社員が語るアライドアーキテクツの変遷。「メンバーの意志を問う」カルチャーに迫る

2005年の創業以来「人と企業のつなぐ」支援をすべく、時代の変化を先取りしてプロダクトを開発しているアライドアーキテクツ。

現在Twitter・Instagramプロモーションの支援プロダクト「echoes(エコーズ)」を中心に、企業のプロモーション施策支援を行っている、プロダクトカンパニー Promotion本部 本部長 井出修二朗(いでしゅうじろう)さん。
アライドアーキテクツへ入社して10年超となる彼は、ディレクターや営業など、領域を超えたさまざまな挑戦を振り返り何を思うのか。アライドアーキテクツのカルチャーとは?今後必要な人材とは?お話を伺った。


echoesは「人と企業をつなぐ」1つのマーケティング手段


――井出さんはPromotion本部 本部長であるとともに、echoesのプロダクトオーナーをされていますよね。アライドアーキテクツの理念に対し、echoesではどのようなことを実現しようとしているのでしょうか?

井出: echoesはSNSプロモーションを支援するプロダクトなのですが、前提として「世界中の人と企業をつなぐ」というアライドアーキテクツの大きな理念があります。ソーシャルメディアとテクノロジーを使って、プロダクトの力で、マーケティングを人と企業にとってより良いものにする。その中で、echoesは、プロモーション領域で人と企業をつなぐプロダクトです。

現在、人が接触するメディアがこれだけSNSにシフトしているのに、企業はソーシャルメディアの力を使いきれていません。あるいはソーシャルメディアを使おうとしても、変化のスピードに追い付けなかったり、コンテンツ企画制作のコストが増えたりといった難しさが広告主や広告代理店の負担になっています。

そのような状況に対して、テクノロジーを使うことで課題を解決し、変革していくことが我々のミッションです。なのでechoesもTwitterやInstagramだけに留まるとは思っていないですし、新たなプロダクトの開発もするし、他のプロダクトやサービスと上手く組み合わせてソリューションとして提供することも必要だと考えています。

私は、広告やプロモーションをきっかけに好きなものができたり、商品やお店選びへの「こだわり」が生まれてくると、人はもっと豊かな人生を送れるはずだと思っています。また、企業もプロモーションを通じて人の理解を進めることができれば、より良い商品やサービスがつくれると考えています。echoesでも、そのお手伝いをしていきたいですね。


浮き沈みのあった10年間。アライドアーキテクツの変遷とは?


――アライドアーキテクツに入社してから12年経ちますが、アライドの歴史と井出さんのこれまでの経歴を一緒に教えていただけませんか?

井出:私が入社した2008年はモニター・レビューサイトの「モニプラファンブログ」が立ち上がり軌道に乗った時期だったんですが、私はモニプラへの配属ではなくて、Webソリューション事業のWebディレクターとして入社しました。当時は「Web2.0」という言葉が流行した時期で、「UGC(ユーザー生成コンテンツ)」「CGM(コンシューマー・ジェネレイテッド・メディア)」など、ユーザーが作ったコンテンツがメディアになるビジネスモデルが多く出てきていたんです。

なので本当は、生活者向けのWebサービスやプロダクトを作りたいと思っていたのですが、まずは短期的に会社に貢献できる仕事が受託制作のディレクターだったので、Webディレクターとして価値を出しつつプロダクトに関与したいと思い入社しました。

それから1年ぐらいして、アメリカで流行していたFacebookが日本でも使われるようになってきたんです。そこで「ソーシャルメディアの力を使ったクチコミがEコマースに良い影響を与えるんじゃないか」という仮説のもと、新たな事業として、ソーシャルコマースのサービスが立ち上がりました。制作・開発プロジェクトマネージャーとして立ち上げから関与したのですが、残念ながらその事業はうまくいきませんでした。

当初考えていたソーシャルコマースの本質とは違う、タイムセールばかりを打ち出す流れになっていき、広告投下量とユーザーをどれだけ早く集められるかの勝負になってしまいました。本当はもっと出店企業に寄り添った形で、中長期で使っていただくSaaSモデルをやりたいです。でも結局、それには多くの時間が必要で実現が難しいという結論に至り、事業を止めることになりました。
当時は「ソーシャルメディアに影響されてものを買うこと」がまだ少なく、事業として成り立たせるのが難しかったなと思います。


ーーなるほど。担当していた事業が止まったあとはどうされたんですか?

最後は1人でサービスの終了までやっていたので、当時急速に伸びたFacebookマーケティング支援の事業には完全に乗り遅れました(笑)。新サービスとして半年くらいFacebookのチェックインを使ったゲームアプリを開発させてもらったのですがうまくいかず、そこで辞めることも考えました。ただ、まだ何も成果を出していない、成果を出すにはもっと顧客を知る必要があると思い、30歳になって初めて営業をやることにしました。まずWebソリューション事業に出戻ってWeb制作の営業をやり、WebソリューションとSNSをいかに繋げるか、という営業企画も経験しました。

アライドアーキテクツはFacebookマーケティング支援事業が伸びて2013年に上場したのですが、翌年には当時売れていたプロダクトが売れなくなり、業績が下がりました。そこでベンダーからエージェンシー的な営業形態に変わったのですが、そのタイミングで、私はtech系企業向き合いの営業マネージャーを任せてもらいました。そこから2年ほど、滅茶苦茶に働いて、業績のV字回復に貢献しつつ、企業や媒体側の声を聞いて社内の開発陣にフィードバックし、案件を取ってくる動きをしました。その過程で、echoesというプロダクトを作り、ようやく元々やりたかったプロダクトオーナー、事業マネージャーになることができました。だいぶ省略してお話しましたが、会社も私も、この10年間で色んな浮き沈みがありましたね。


「あなたの意志は?」アライドアーキテクツのカルチャーが生む10年後の未来


――12年間アライドアーキテクツを見てきた井出さんは、10年後、アライドがどのような組織になっていて欲しいですか?

井出:「自身の得意な役割で会社の成長に貢献する」ことと「会社の資産を活かしてやりたいことを実現する」ことがリンクした人、またそれを強く思い行動する人がたくさん集まった結果、新しい事業が数多く生まれる会社。そんな姿が理想的ですしかっこいいと思います。

アライドアーキテクツには社長の中村が作ったカルチャーがあると思っています。
それは、みんながトップダウンの戦略に基づくのではなく、意志のある人がセルフドライブして周囲を巻き込んだ結果、成功する事業が誕生するというものです。一見このカルチャーは「会社としての戦略が見えない」となりがちなんですが、そうではなくて「あなたの意志はなんですか?」「結局あなたは何がやりたいの?」とみんなに問うスタイルです。

もちろん、会社として統一したブランディングや、事業間のシナジーや、部署間・メンバー間の役割分担は必要です。その点では、事業シナジーを作りにいく戦略性や、部署間の垣根を作らないような高い視座やオープンなマインドも同時に求められます。
ただ、新しい何かを成し遂げるには、まずは個々人の強い欲求と意志が大事なので、みんながやりたいことを明確にした上で、会社をうまく使ってそれを実現する、その過程で会社の成長に貢献し、他のメンバーのやりたいことの助けにも繋げる。そういう高いレベルの信頼で繋がっている感じが、私はいいなと思っています。


――その未来を叶えるためには、今後どのような人材が必要ですか?

井出:そうですね。今のアライドアーキテクツには資産と機会がたくさんあるので、自分の意志や、やりたいことがある人材と出会いたいです。
アライドの環境ってレアなんですよ。伸び続けているデジタル・テクノロジー領域やソーシャルメディアを舞台にプロダクトとソリューションがあって、開発者がいて、顧客資産もある。もちろんやりたいことを実現するためには、目指す方向性がずれないことや、成果を出して信頼を得る必要はありますが、この領域で事業アイディアがある人や大きな成長をしたい人にとっては素晴らしい環境になると思います。

ですので、そんなに崇高なものでなくてもいいのですが、「テクノロジーでこういうマーケティング課題を解決したい」「アライドの環境を使ってこんな社会にしたい」という思いのある人だったら、凄いスピードで成長できるし、面白い事業をつくれる可能性があると思います。



\世界中の人と企業をつなぐ。アライドアーキテクツが募集するポジション一覧【2019年5月更新】/

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