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卒業証書よりもベンチャー経験――23歳、リードエンジニアの挑戦

オンラインでシステムインフラのコンサルサービスを提供する「Sreake」、データ分析・アドテクプラットフォームを提供する「Reckoner」などインフラレイヤーの技術力を武器に、独自のサービスを展開する株式会社スリーシェイク。

「Reckoner」の成長を牽引する若きリードエンジニアの宮前優哉さんへインタビューしてきました!

ーー宮前さんは現在23歳。新卒でスリーシェイクに入社されたんですか?

宮前:スリーシェイクに入社する前は、いくつかのベンチャー企業で長期のインターンシップに参加していました。「社員」として働き始めた最初の会社はスリーシェイクです。でも「新卒入社」という形式ではないです。なぜならスリーシェイクの成長にコミットするために大学を中退する道を選んだからです。このあたりの経緯は後ほどお話しします。

ーーまずはスリーシェイクに入社したきっかけを教えてください。

宮前:就活の時期、大学研究室の同期とよく情報交換をしていたのですが、その同期がスリーシェイクでインターンをしていたことがきっかけです。事業内容や社風を聞いている内に居ても立ってもいられなくなり、代表の吉田を紹介してもらい、インターンシップという形でジョインさせてもらいました。

ーー大学時代に情報系専攻だったのですか?

宮前:いいえ、最初は工学部の電気工学科へ入学しました。工学科らしく回路を作ったりする講義を受けていたことが印象に残っています。

しかし、高校時代から憧れていた分野をやっと学べると思ったのもつかの間、だんだんと講義に飽きていってしまいました。

そんなある時、工学科の授業ながらC言語やJAVAの基礎を学ぶ講義がありました。基礎講義だったのでシステム構築などをしたわけではないのですが、その時プログラミングの楽しさに目覚めた気がします。

自分が本当に興味があるのはプログラミングなのかもしれない…。

1年生から2年生に上がるタイミングで、転科試験を受けて電気工学科から情報工学科へ専攻を変えました。それだけでは飽き足らず、プログラミングを極めるべくインターンとして雇ってくれる企業を探すことにしました。

ーーどんな企業でインターンされていたんですか?

宮前:自社CRMパッケージを売る会社です。当時はプログラミングの面白さを知りつつも、私自身のスキルはなかったので未経験でも雇ってくれる会社を探していました。そんな中出会った会社です。社員数が社長、副社長、オペレータ、エンジニア、学生インターン3名の合計7名というベンチャー企業。お客様のサイト構築やパッケージ導入など色々な経験を積むことができました。

今振り返ってみると最初の三ヶ月は本当にしんどい日々でした。フレームワークにRuby on Railsを用いた開発だったのですが、さっぱりわからないことばかり。毎日追いつくために夜中まで勉強していましたね。でも不思議と「苦」ではなかったです。プログラミングを極めようと決意した以上はやりきろうという思いの方が強かったです。

二週間ごとのスプリントで開発をしており、最初は期間内にタスクを完了できないことが多々ありました。しかしスキルが身についてくると、プログラマーとして期間通りに必要な機能が実装できるようになっていました。結局この会社では大学3年生の夏ごろまで働いていました。その頃にはスキルの進歩も少なく、業務内容もルーティンが多くなりました。

ーーどのようにその状況を打開されたんですか?

宮前:働いていたCRMパッケージの会社を辞め、いくつかの企業のサマーインターン選考受けてみることにしました。

もっとも強く惹かれたWantedly社の選考に無事合格。インターンシップとして働かせていただくことになりました。所属はグロースハックチーム。ユーザ増加施策やアクティブ率向上施策等を考えて、それを実装へと落とし込むことがメインの業務です。

3ヶ月間の長期インターンでしたが、メンターの方から学ぶことも多く、日々自分がレベルアップしていることを実感する毎日でした。プロダクトを作る上で必要なことやそのための技術を学べたと思います。

しかし、だんだんと自分の視野が広がるにつれて、やりたいことや大事にしたいことも明確になってきました。特に大事だったことは、「プロダクトを自らの意思で作れること」、「自由な環境で働くこと」です。グロースハックよりもプロダクトの仕様検討や開発に携わりたいという思いが強くなっていました。そこでインターンの終了と同時に新たなインターン先企業を探すことにしました。

ーー次はどんな会社を選んだのですか?

宮前:次はオンライン与信のサービスを提供するベンチャー企業です。大学3年生の冬、2017年初頭に参加しました。分析言語としてPythonが流行り始めていた時期。次はこの言語を極めようとPythonのエンジニアを募集している企業を探しました。

このオンライン与信を提供するベンチャー企業を選んだもう一つの理由は「プロダクトを自らの意思で作れること」、「自由な環境で働くこと」という私が大切にしたい想いと非常にマッチしていたからです。

技術習得も含めて、このベンチャー企業で新規プロダクトの立ち上げた経験が、今のスリーシェイクでの開発に生きていることを日々実感します。

インターンシップが一区切りつき、次なる挑戦のフィールドを探していた矢先、冒頭で紹介した研究室の同期の縁でスリーシェイクのインターンへジョインすることになります。

ーースリーシェイクのインターンではどんな業務に携わっていましたか?

宮前:当時のスリーシェイクは「DMP」と言われる「Reckoner CDP」の前身をGo言語で開発していました。私が大学4年生の春、2017年の5月頃です。そのプロジェクトのメンバーとして参加しました。

当時は特定のお客様向けの導入が目的だったのでシステムインテグレーションに近かったと思います。仕様はお客様と代表の吉田で決めて、設計以降を私たちのチームが担当するという構図。

このプロダクトはGoogle Analyticsを競合プロダクトと想定していたのですが、お客様のニーズと合わなかったり機能比較した場合、同じレベル感に持っていくのが難しく、なかなか辛い状況が続いていました。

そのような状況を鑑みて、代表の吉田の判断でこの「DMP」は0から作り直すことになります。私はその作り直しに全力コミットする決意を固めました。そして出来上がったプロダクトが「Reckoner CDP」です。

ーープロダクトはどのような方向転換をしたのですか?

宮前:吉田がお客様へヒアリングした結果、Webサイト内のトラッキングデータに限らず、企業の持つあらゆるデータを集めて、データ解析や機械学習、異なるサービス間のデータ連携が手軽にできる「ビックデータのハブ構想」が見えてきました。

まずはデータを集め・蓄え・スキーマレスに分析できるプラットフォームを作ろうという結論に至り、私はそのシステムの仕様、技術検討を含めてすべてを任せてもらえました。

この「Reckoner CDP」の開発が本当に面白かったんです。この時の経験を経て、私は大学を辞めて、社員としてスリーシェイクにコミットする決断をすることになります。

ーーなぜそのような決断に至ったのですか?

宮前:インターンとして働き始めてからずっとスリーシェイクは大きく成長する可能性を秘めたベンチャーであると強く感じていました。そんなベンチャーにおいては自分が何番目の社員となるかがとても重要。

日々急成長を遂げるベンチャーの半年後なんて状況が大きく変わっているに決まっています。だから私は大学卒業よりもこのスリーシェイクでの経験に賭けてみることにしたのです。

ーーこれからの仕事での目標はありますか?

宮前:今はこの「Reckoner CDP」を稼げるプロダクトへ育て上げることが当面の目標です。

お客様に選んでもらえる機能を見極めて、もっともっと選ばれるプロダクトへ仕立てていきたいですね。

リードエンジニアとして技術面でもビジネス面でもメンバーを牽引していきたいと考えています。自分自身新たな環境に挑戦することが好きなのですが、今はその挑戦のタネをメンバーに向けて発信し始めている時です。もっともっとワクワクするプロダクト開発に挑戦していきたいです!

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